秋吉理香子『ガラスの殺意』あらすじとほんのりネタバレ感想

秋吉理香子さんの「ガラスの殺意」のあらすじと感想をまとめました。事故によって記憶障害を持つ女性が人を殺したと通報してくるところから物語は始まります。すぐに欠落する記憶との戦い、二転三転する展開、もどかしいくらい見えてこない事件の真相と、サスペンス調で文句なしに面白いおすすめの一冊です。

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「ガラスの殺意」書籍概要

高次脳機能障害を負った容疑者を取り巻く環境や人々がさまざまに絡み合いながら事件の真相に辿り着く長編小説。

  • ガラスの殺意(2018年8月 双葉社)

 

20年前、通り魔殺人事件が起きた。柏原忠盛、妻・須美恵、立山信夫の3人が死亡し数名の怪我人を出した。事件に遭遇した柏原麻由子は両親を失い、自身もまた犯人・閤田から逃げるために道路へ飛び出してしまい車に轢かれた。その時の事故が原因で脳が傷つき、麻由子は事故以降の記憶を覚えられずすぐに忘れてしまうという障害を負った。

それから20年、麻由子は41歳になっていた。麻由子をはねた運転手・光治と結婚し、彼のかいがいしい世話によって幸せに暮らしていたらしい。

らしいというのも、麻由子には記憶がない。高校に通っている筈なのに、いつの間にか夫のいる41歳の主婦になっている。左腕にはブレスレットがつけられており、麻由子の名前や住所、夫の連絡先などとともに、自分が記憶障害を負っていることが刻まれていた。目の前にいる見知らぬ男女2人から、麻由子は信じられないことを告げられる。麻由子が人を殺したというのだ。覚えていない。だが言われるとうっすらと赤い血の記憶がよみがえってくる。たくさんの赤い血。通り魔殺人。閤田は両親を殺した憎い相手。絶対に許さない。見せられた閤田の写真に怒りが沸いてくる麻由子に女性が言った。その男は、あなたが今日殺したと通報してきた男だと。

登場人物

  • 柏原麻由子:41歳。通り魔殺人事件以降、記憶障害を持つ。閤田を殺した容疑で逮捕、拘留される。
  • 柏原光治:麻由子の夫でフリージャーナリスト。20年前ある政治家を追っている最中、前方不注意で麻由子を撥ねた。その後麻由子と結婚し、苗字が変わると麻由子が混乱するため光治が柏原姓を名乗る。
  • 閤田幹成:20年前の通り魔殺人犯。無期懲役刑の判決を受けたのち仮釈放された。
  • 米森久江:記憶障害の夫と死別後、ボランティア先の病院で麻由子と出会う。
  • 萩尾正道:久江が雇った麻由子の弁護士
  • 桐谷優香:刑事。麻由子の事件を担当。認知症の母がいる
  • 野村淳二:刑事。優香のパートナー。

事件

閤田は麻由子の自宅で殺されていた。包丁で何か所も刺されるという滅多刺しの状態で、恨みの強さが伝わってくるかのような現場だった。通報者は麻由子自身。血の海にいた麻由子は駆けつけた警官を見て失神したという。犯行時刻、夫は遠く離れた箱根に地元冊子の取材に出かけていて不在だった。

閤田は20年前の事件の謝罪のため柏原家を訪れたことが分かり、録音録画機能のついたインターフォンからも閤田の訪問と麻由子の出迎えが確認された。指紋や家の周辺の足跡などから第三者の痕跡は見つからない。凶器の包丁は麻由子らが普段から使っているものだったため事件に計画性はないという見方があったが、箱根から戻ってきた夫の光治から麻由子がものすごい執念でもって通り魔殺人事件とその犯人・閤田を忘れないように努力し続けてきたことを教えられる。また麻由子自身が取り調べ中、断片的に事件のことを思い出したかのような発言をすることがあった。

本人にはっきりとした殺害の記憶がないこと以外、全てが麻由子が閤田を殺したとする状況が揃っていた。警察は麻由子を起訴する報告で動き出し、麻由子は拘留され警察の監視下に置かれることになった。

独居房で生活することになった麻由子のために、夫の光治が手紙とノートを差し入れた。自分が麻由子の夫であること、できればこの手紙を毎日読んで自分の状況を思い出してほしい事、あったことを忘れないようノートに日記をつけると良いことなどが綴ってあり、同封された2枚の写真には記憶にない男女が幸せそうに写っている。女はおそらく麻由子で、男は麻由子の夫。自分を愛してくれる人間がいることを知り、麻由子はそれを励みに見知らぬ生活を送ることになった。

麻由子の事件を担当している刑事・優香は、若年性認知症を患った母を介護付きの施設「あけぼの苑」に入居させていた。刑事という不規則な職業柄、一人で排泄の後始末ができず徘徊を繰り返す母の面倒を見きれなかったからだ。優香があっという間に悲鳴を上げて他人に任せてしまった介護を、光治は罪の意識があったとはいえ19年間も献身的に麻由子を支え続けてきたのだ。彼の献身ぶりは家の内や近隣の住民からの話でも分かった。とても仲の良い夫婦だったようだ。

手紙を読んだりノートに日記を書いたり、重要なことは壁や腕にメモをしたりと工夫しながら麻由子の生活は続いていた。面会に来る夫らしき人物からは、きちんと優秀な弁護士を頼んで減刑してもらうと言われていた。そんな頃、麻由子のところに面会者がやってきた。白髪の女性だった。米森久江と名乗った女性は、以前から麻由子と面識があったらしい。麻由子は無実だと主張する久江は、光治が麻由子の減刑を求めて弁護士を雇うという話を聞き、起訴されてからでは遅い、まるで麻由子が殺人犯になるのを待っているようだといい、独自に弁護士を雇うと威勢が良かった。麻由子の味方だという久江のことも早く壁にメモしておかないと忘れてしまう。だがようやく独房に戻った時、麻由子は久江のことを忘れてしまった。

早速久江が雇った弁護士・萩尾はとても優秀だった。麻由子は無実だと言い起訴はさせない方向で動くと優香たちに宣言した。ある交番から優香宛てに電話が入った。母親が宝石店で万引きをして保護されているという内容だった。たとえ認知症でも起訴されて実刑判決を受ける人間もいることを刑事の優香はよく知っていた。実母に降りかかった突然の事態に強い不安に駆られた優香はハッとする。なぜ光治は、麻由子が殺人で逮捕されたというのにあれほど冷静でいられたのだろうか。それどころか久江が勝手に弁護士を雇ったと抗議にきた。優香の中で、光治に対しての疑惑が生まれた瞬間だった。タイミングをはかったかのように、光治が自分の仕事部屋にあったという麻由子の日記帳を持参してきた。日記帳はずっと優香たちが探していたものだった。そして光治の仕事部屋の存在を今はじめて知らされた。どんどん光治の心証は悪くなっていった。

そんな頃、久江から光治が麻由子に対して虐待をしていたことを聞かされる。殴る蹴るのような跡の残る虐待ではなかった。また麻由子が離婚を決意して久江とともに役所へ届けを出しに行ったが、光治が前もって出してあった不受理届によって離婚が成立しなかったことも聞く。役所の記録で不受理申請が正しいことを知った。優香の中で仲睦まじい夫婦という光治と麻由子のイメージが崩れていく。

警察の立ち合いのもと現場検証を行った麻由子が、事件の断片を思い出した。事件当時自分以外の人間がいたこと、それは男で自分に血まみれの包丁を握らせたこと、早く110番通報するよう麻由子の耳元で囁いて窓から逃げたこと。その男はこの写真の人物で間違いないこと……麻由子の指したのは、ウェディングドレスを着た麻由子の隣に立っている人物だった。

事件解決

光治に改めて話を聞くことになり仕事部屋へと出向いた優香たちですが、光治を取りにがしてしまいました。犯行がバレた光治が次にとる行動は自分の計画をめちゃくちゃにした相手・久江だと見当をつけ彼女の家に行くと、久江は誰かに襲われた後でした。顔を縫う大けがを負ったものの命に別状のなかった久江は、襲ったのが光治であることをはっきりと見ていました。

閤田殺しは麻由子から光治へと容疑が向き、釈放された麻由子は久江の世話になりながら自宅で暮らすことになりました。閤田の殺害された場所ですが、記憶がない麻由子だから大丈夫だろうと久江は言いました。

その後自宅に戻った2人にもう一波乱あるのですが、優香たちが間一髪かけつけたことで、何とか事件に決着が尽きました。

 

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物語は麻由子と刑事の優香を中心に進んでいきます。認知症の進行が早く、しっかり者だった教師の母が一人では何もできない状態にまで変貌してしまった現実と向き合わなければならない優香は、母と麻由子の姿を自然と重ねてしまうのを署長に注意されつつも、そのおかげで光治の不自然な言動や違和感に気づきました。

ラストで警察に捕まり麻由子とは離れて暮らさなければならなくなり、そしておそらくもう二度と一緒に暮らすこともないだろう光治が、麻由子を連れて海辺で最後のひとときを過ごすシーンは印象的です。事故の後遺症という治ることのない現実の理不尽さには救いのなさを感じますが、麻由子のなんて事のない言葉に光治のすべては救われたのだろうと思います。