秋吉理香子『鏡じかけの夢』あらすじとネタバレ感想

秋吉理香子さんの「鏡じかけの夢」のあらすじと感想をまとめました。

願いを叶えてくれるという1つの鏡を巡る5つの短編集です。それぞれが独立した話ですが、鏡が持ち主を変えながら順番に巡っていくので、最初から読んでいくとより面白さが増します。全編バッドエンドになっています。

「鏡じかけの夢」書籍概要

短編集。「泣きぼくろの鏡」「ナルキッソスの鏡」「繚乱の鏡」「奇術師の鏡」「双生児の鏡」の5編を収録している。

  • 鏡じかけの夢(2018年5月/新潮社)

泣きぼくろの鏡

精神を病む人々が入院する脳病院。そこの最上階にある特別室の患者である奥様を担当するわたしは、たびたび見舞いにやってくる旦那様の愛情を一身に受ける奥様を羨ましく思っていた。高額な特別室には自宅から運んできた数々の調度品が並んでいる。中でも目を引くのが楕円形の大きな壁かけ式の鏡だった。その鏡の前に座り髪を梳くのが奥様の日課であり、奥様のために鏡をきれいにしてあげたいとわたしは鏡を心を込めて磨いていた。そして旦那様と奥様の仲睦まじい姿を目にするたび、鏡の前に座っているのが自分であればいいのにと望むのだった。

旦那様からヴェネツィアで作られたというこの鏡は願い事を念じながら磨くと現実になるという話を聞いて以来、ますます熱心に鏡を磨くようになったわたしは、とうとう奥様を屋上から突き落とし旦那様の後妻になるという願いを叶えたのだった。

結婚してからも鏡だけは他人任せにせず自分で磨いていたものの、奥様を手に掛けた事実は重く圧し掛かり、そのうち鏡の中に奥様の姿をみるようになった。憎しみの目でこちらを見る奥様の視線に鏡を見ることができなくなってしまいずっと避けていたが、ある時、油断から鏡を見てしまう。そこには泣きぼくろのある女性が恨めしそうにわたしを睨みつけている姿が映っていた。鏡に奥様が映っていると反乱狂になるわたしに、旦那様が意外な一言を告げた。

 

「奥様になりたい」という願いが叶った女性の話でした。人を呪わば穴二つという言葉がぴったりな少々ホラー展開の短編でした。

ナルキッソスの鏡

花街の近くに店を構えている鏡研ぎの源次郎は、気ままな独り暮らしを続けていた。見た目はいいのに愛想がなく、寄ってくる女や舞い込む縁談にも目もくれない。老婆から持ち込まれた大きな鏡を空き地で磨いていたある日、見事な鏡だと声を掛けてきた美しい若者に一目惚れした。遊び人の若者・龍吾は花街に通う途中に空き地に寄り鏡を見て行く。鏡さえあれば龍吾が自分のところを訪ねてくると考えた源次郎は修理が終わる日を先延ばしにしていたが、ふと龍吾が見に来ているのは鏡ではなく、鏡に映る龍吾自身だと気が付いた。そして龍吾が、以前から源次郎に声を掛けてきている夫を亡くした女性と長屋に消え、その後源次郎をからかうような言葉を吐いたのに逆上して殴ってしまった。自分の気持ちが龍吾に届けばと源次郎は願った。

その後、龍吾が鏡に口づけている姿をこっそり見てしまった源次郎は、夜遅い時刻にある場所まで来てほしいと龍吾に誘われる。自分の気持ちが龍吾に通じた、鏡に願ったことが叶ったと浮足立って待ち合わせ場所に行った源次郎を待っていたのは、龍吾ではなく彼と一緒に消えた女性の方だった。源次郎の気持ちに気づいた龍吾が女性と2人で一芝居を打ってからかったと思い込んだ源次郎は、怒りに燃えた。そして三日三晩寝食を忘れて磨き続けた鏡を置き土産として龍吾に渡した。

長屋からの引っ越しのため掃除をしていた源次郎のところへ例の女性が飛び込んでくる。龍吾が惚れているのは源次郎で、源次郎のためを思い龍吾は女性と源次郎の仲を取り持とうとしたという事実を知らされた源次郎は龍吾の元へ急いだ。鏡には幾重にも猛毒の水銀を吹き付けていたからだ。

 

龍吾のけなげな思いから出た行動が全て裏目に出てしまった話でした。鏡を磨いているだけで何も行動を起こさず、龍吾にそっけなく当たっておきながら気持ちだけは龍吾に届いてほしいと願う源次郎でしたが、どう見ても源次郎側に非がある気がします。誤解で好きな人から猛毒の鏡を渡される龍吾が可哀そうすぎます。

繚乱の鏡

関東大震災で全身が焼けただれ耳も声も失った榊は、彼が助けた老人に引き取られ黒い頭巾をかぶって生活をしていた。高利貸しの老人の後を継いだ榊は商売の才覚でもって組織の頂点に上り詰めた。ある日劇場のポスターに目を止めた榊は気まぐれに歌劇団の公演を鑑賞し、端役だった美津子に一目惚れしスポンサーになった。有り余る財力を惜しみなく与えて美津子をスターダムにのし上げるうち、可憐だった彼女はどんどん傲慢になり榊の焼けただれた容姿を忌み嫌い避けながらも、榊の資産だけは湯水のごとく消費していった。彼女には意中の相手がおり、苦境に立たされるたびに榊を頼り、成功した途端うらぎって逃げて行ってしまう。周囲からは美津子に騙されていると諭されるものの、榊は気にしなかった。何度目になるのか、美津子から再び救済を求める連絡が入った。周囲にばれると猛反対されるに違いない。榊は秘密裏に美津子を迎える準備を整えた。

美津子のために洋館を用意し、地下には歌やダンスを心置きなく練習できるよう特別室をあつらえた。昔、骨董屋で美津子が見初めた大きな楕円形の鏡もある。美津子が目を輝かせる宝石も衣装もたくさん用意した。初心に戻って練習をすると言いながらも宝石に心を奪われている美津子を地下室に残し、榊はその分厚い扉を閉めしっかりと閂をかけた。

 

何度裏切られても見初めた女性の願いを叶え続けるという覆面の男性の話でした。オペラ座の怪人の別バージョンを読んでいるようです。自分の容姿の醜さを知っている男は、最後に鏡が映し出した自分の願い、美津子を永遠に自分のものにするという願いを叶えました。

奇術師の鏡

戦争で左手の何本かの指と左膝から下を失った傷痍軍人の栄作は、昔かじった奇術で生計を立てていた。ある日とある華族が探しているというヴェネツィア産の鏡の広告チラシを見る。栄作の奇術をみた浮浪児・正志から、その鏡の場所を教える代わりにあるものを出してほしいと頼まれる。あるものとは空襲で亡くなった正志の母親だった。正志は遠く離れた山の中腹にある壊れた建物の地下に栄作を案内した。黒く煤けた鏡はたしかに広告の鏡だった。鏡を磨けば母親に会わせると騙したて掃除させた栄作だったが、正志からは感謝される。鏡の前にぼんやりと女性の姿が映っていたのだ。母親に会えたと喜ぶ正志の手先に器用さに目を止めた栄作は、彼に奇術を仕込んだ。正志の奇術は栄作よりもよく金を稼いだ。2人3脚で暮らしていくうち、栄作は正志をもっと大きな舞台に立たせたいと願うようになる。

正志の奇術を見た米軍が、タイムズシアターという銀座にある大劇場のオーディションを受けないかと声をかけた。正志なら絶対に合格する。鏡への願いはすぐに叶った。劇場まで行くお金や足りない衣装代を工面するため、栄作は通りすがりの人物から財布を掏った。2か月間磨き続けた鏡は輝きを放つまでになっていた。

オーディション当日、栄作はヤクザ者に囲まれた。栄作が掏った財布の持ち主だった。

 

願いを叶えてくれる鏡は魔境だったことが分かりました。光が当たると背面にある模様が浮き出る仕組みになっている鏡です。正志が母親だと思い込んだ女性は、魔境だった鏡が浮かび出させた姿でした。最初は疎ましく思っていた正志の才能を見い出し、大きな舞台に立たせたいと願うようになった栄作の思いが詰まったラストでした。完全なハッピーエンドとは言い難いものですが、今作の中で唯一救いのある話でした。

双生児の鏡

故郷が爆撃を受け家も両親も失った双生児、アナベラとドナの姉妹はヴェネツィアへ向かった。だがヴェネツィアでも冷たくあしらわれ空腹に倒れそうになった時、巨大なテントのそばに食べ残しの料理を見つけ思わず口にした。テントは日本から来たサーカス団のもので、奇術師だと名乗る少年は、2人に父親代わりだった人の形見だという大きな鏡を磨くといいと教えてくれた。願いが叶う鏡だという。2人が願いを込めながらせっせと鏡を磨いていると、サーカス団長がやってきた。姿かたちがそっくりなアナベラとドナを見てサーカスで働かないかという。ただ双子だとバレるとサーカスの出し物として使えなくなるので、表に出るのは一人だけだという条件だった。入れ替わりで生活すればいいと了承した2人は、まず姉のアナベラが舞台に立った。次はドナが交代して表に立つ番だと翌朝を待ったが、目が覚めるとすでにアナベラが外に出ていた。その後も何かと理由を付けられドナは日陰の生活を余儀なくされた。

華やかな生活を送るアナベラと惨めな影の生活のドナ。優しかった姉は変わってしまった。仮面をかぶった祭りなら大丈夫とマスカレードに参加したドナはそこでダニエレという青年に恋してしまい、名前を尋ねられた時とっさにサーカス団のアナベラだと答えた。

その後ダニエレとアナベラが恋人になったことを知ったドナは、鏡に向かって願う。アナベラになりたい。アナベラの人生が欲しいと願いながらひたすら鏡を磨き続けた。

ある日、アナベラが札束を詰めたバッグをもってやってきた。今の生活から解放されて自由になりたいというアナベラは自分が何とかするといいドナに一緒に逃げようという。自分がこいねがう生活を捨て大金を盗んで逃げようというアナベラを船から運河に突き落としたドナは、助けを乞うアナベラをそのまま沈めた。これでアナベラの人生を手に入れた。

そして喜び勇んでダニエレの住まいへと向かったドナが見たのは、すでに息絶えた血まみれのダニエレだった。

 

今まで見てきた光景が180度ひっくり返るような、何ともやりきれないラストでした。双子といってもやはり姉は姉でした。凄まじいです。「ナルキッソスの鏡」といい、色恋が絡むと人は簡単に理性を失いますね。

一番印象に残るというか余韻が凄いのがこの「双生児の鏡」でした。確かにバッドエンドなのですが、それだけでは表現しようのない何かが残りました。