有栖川有栖「火村英生(作家アリス)シリーズ」『菩提樹荘の殺人』あらすじとほんのりネタバレ感想

「菩提樹荘の殺人」は4つの短編から構成されている本です。今回は14年来の友人であるアリスも知らなかった大学時代の火村の話も語られ、ミステリー物というだけでなくファンサービスもたっぷりの一冊でした。テレビドラマ化した話も収録されているので、改めて文章で読んでみるのも良いと思います。

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「菩提樹荘の殺人」書籍概要

火村英生(作家アリス)シリーズの21冊目で、「アポロンのナイフ」「雛人形を笑え」「探偵、青の時代」「菩提樹荘の殺人」の4編からなる『若さ』をテーマにした作品集。

  • 菩提樹荘の殺人(2013年8月/文藝春秋)
  • 菩提樹荘の殺人(2016年1月/文春文庫)

アポロンのナイフ

東京で通り魔事件が発生した。犯人と目される人物は「アポロン」と称される美貌の持ち主の高校生。彼が警察の手を逃れ行方不明になった頃、大阪で2人が連続して殺される事件が発生した。この事件もアポロンかもしれない。警察から「アポロン」の写真を見せられたアリスは思い出す。散歩中に出会い言葉を交わした旅行中らしき若者が、写真の人物と面影が似ている気がした。果たしてアポロンは、大阪に来て事件を起こしたのか。

大阪の被害者は元カップルの高校生男女だった。男の方に未練があったらしく「ごめんな」というメールを女の携帯に送っていた。アポロンは警察に任せ大阪の事件を追う火村とアリスの元に、アポロンを確保したというニュースが入ってきた。

 

若者の起こした事件に、大人が悪意を加えてややこしい事件となりました。大人が行動を起こした時の気持ちが多少なりとも分かってしまうのが、またなんとも言えない気持ちにさせられました。現実の少年事件も理不尽がいっぱいです。

雛人形を笑え

人気急上昇中の若手漫才コンビ「雛人形」のメビナ・矢園が自宅で奇妙なポーズをとったまま死んでいた。被害者は2代目のメビナで、元々「雛人形」はオビナと初代メビナが高校生の時に作ったコンビであり、矢園自身も別の相手とコンビを組んでいたがどちらも目が出ず、お互いが同意の上でそれぞれのコンビを解消して今の形になったらしい。火村に同行して関係者に話を聞きに行ったアリスは、矢園の相方・オビナ(帯名)と会って思い出す。以前、初代の雛人形が漫才の練習をしているところに偶然居合わせたことがあるのだ。

雛人形のマネージャー、相方の帯名、初代メビナ、矢園の以前の相方と全員のアリバイは証明されたかに見え、また現場の状況から突発的に起こった事件のため、手の込んだ工作を施す筈がないと火村は考える。犯人がなかなか絞り込めない時、火村はアリスの部屋にあった古い座視を手に取り、あるページにくぎ付けになった。それは、推理抜きで犯人が突き止められた瞬間でもあった。

 

ハプニングだと火村准教授の言葉通り、犯人が分かる決定打はその雑誌にありました。偶然とはいえ話を聞きに行った漫才コンビの事務所でその雑誌を貰ってきたアリスは、ナイスアシストです。貰ったまま放り投げず目を通していれば一番乗りで犯人が分かったので、惜しいとも思いますが。

犯人は一見害がなさそうに見えて、ひたすら自己保身に走ったようです。

事件もさることながら、火村とアリスの漫才のようなやりとりが面白く、一番の見どころでした。

探偵、青の時代

大学時代の知人と偶然出会ったアリスは、火村と同じ学部だった彼女に、学生時代の火村が探偵の片りんを見せた時の話が聞きたいと頼む。

勉強会と称した飲み会に、人付き合いの悪い火村も参加することになった。途中から降り始めた雨の中、メンバーたちが徐々に集まってくる。遅刻してくるという火村の到着を待つ間、最後に車でやってきた2人がメンバーたちにある告白をした。大したことではないという感想が多数を占める中、正義感の火村が聞けば警察へ行った方がいいと言われるだろうから秘密にしておこうとメンバーたちが示し合わせた頃、傘もささず自転車に乗り雨に濡れた火村が登場し、ここへ来る途中で交通事故が起きたようだと口にした。

 

2人の告白は、来る途中に自転車に乗った老人とすれ違った際、老人が転倒したというものでした。ぶつかったわけではなく、すぐに起き上がる姿をバックミラーで確認したのでそのまま走ってきたというもの。ただよそ見運転はしていたとのこと。平気そうだった老人にめまいが起こったため交通事故ということで警察がきていたようです。

メンバーたちが知らんぷりを決め込む中、大学生の火村が次々とメンバーたちの吐いた嘘を暴いていきました。みんなが寄ってたかって自分に嘘をついている、と疎外感を感じているらしき若き日の火村が可愛いかったです。その後警察へ行った2人は反省を促されたものの、特にお咎めはなかったようです。

話を聞き終わった後、アリスが火村の行動について、ある一つの推理をします。それは猫好きならではの行動でした。

菩提樹荘の殺人

アンチエイジングで人気だったタレント兼カウンセラーの男が、別荘にある菩提樹の根元で殺されていた。発見者は男のマネージャーをしている実の姉。発見時、男は下着以外の衣服をはぎ取られたうえ、菩提樹のそばにある池に上半身を突っ込んでいた。男の服は持ち去られることもなく池に浮かんでいたという。容疑者は、発見者の姉、男が使えないと不満を漏らしていた秘書の男、同時進行中の(元)彼女、(今の)彼女の4人。全員にアリバイは成立するが、それぞれが男に対して思うところがあった様子。また男は付き合った恋人との逢瀬を写真に残しておくという悪趣味な言動をしていたことが分かる。警察が池の水を抜き底をさらったところ、ビニールに包まれた防水ケース、被害者の持ち物であったキーホルダー、モデルガンが見つかった。ビニールの内側には被害者の血が付着していた。

 

被害者の男性は殺されるほどのことを仕出かしたわけではないと思いますが、何かにつけ軽薄な印象を抱かせる人物でした。50代ならもっと落ち着いてほしいところです。

犯人の動機がいまいち理解(共感)できませんでしたが、火村が刑事たちの前で、推理で容疑者を消していく過程はいつもながら見事で惚れ惚れしてしまいました。

話の中で、青春時代を過ごしていた頃のアリスが心に負った傷を少しでも癒すために書いた永遠の未発表作の名前が「菩提樹荘殺人事件」だったと火村に話すシーンが出てきます。アリスが高校生の頃のショッキングな出来事については、順不同で本を読んでいるせいかあちこちに登場していた気がしたのですが、泥酔して喋ってしまった会社員時代を除くと、しらふで人に話したのは今回が初めてとのことです。自らの過去を火村に話した後、火村の過去についても問いただしたい思いに駆られ、結局今回もまた聞くことができませんでした。

 

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若さがテーマとのことで、10代の犯罪も登場しました。火村が「人を殺したいと思ったことがある」のは10代の頃だろうとアリスが思います。実行した人と実行しなかった人の間にはとても大きな壁があると思いますので、実行しなかったのならそれでおしまいでいいのでは?と思いますが、火村准教授の中には屈折した思いがずっと残っているのかもしれませんね。

いつかその話が読めるのを、楽しみに待ちたいと思います。

 

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