有栖川有栖「火村英生(作家アリス)シリーズ」『ブラジル蝶の謎』あらすじとほんのりネタバレ感想

短編の良いところは、テンポよく進むストーリーとミステリーが解明されるまでの無駄のない過程だと思います。それに名コンビのやりとり。準レギュラーである警察関係者の人柄を垣間見られるのも嬉しいところです。

そんな短編を集めた「ブラジル蝶の謎」のあらすじと感想をまとめました。いつもなら犯人はぼかして書くようにしているのですが、今回はいきなり犯人をバラしている話がありますので、お気を付けください。

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「ブラジル蝶の謎」書籍概要

火村英生(作家アリス)シリーズの6冊目で、国名シリーズ3冊目にあたる短編集。書下ろしの「ブラジル蝶の謎」を含む「妄想日記」「彼女か彼か」「鍵」「人喰いの滝」「蝶々がはばたく」の6編からなる。

  • ブラジル蝶の謎(1996年5月/講談社ノベルス)
  • ブラジル蝶の謎(1999年5月/講談社文庫)

ブラジル蝶の謎

二週間前に病死した金融会社の社長の自宅で、彼の弟が殺された。10年以上電話もテレビもない無人島に一人で暮らしていた彼は、相続の件で島から出てきたばかりだったという。奇妙なことに彼が倒れていた部屋の天井には、彼の兄である社長が趣味で収集していたという目を引く色鮮やかな蝶々の標本が、羽を広げた状態で何十匹とピン止めされていた。犯行が可能かつ動機がありそうな人物は4人、社長の後妻で年若い妻、彼女の兄、社長の友人兼右腕の男、顧問弁護士。犯人は誰なのか、何のために蝶々を天井に張り付けたのか。

 

被害者は4人を糾弾するために島から出てきたようで、彼にどう対応しようかと4人が集まって相談していたさなかに事件が起きました。助けを呼ぼうとしてか被害者の手には携帯電話が握られており、110番するつもりで短縮のナンバーを押してしまったせいか容疑者の家に電話がつながり、不審に思って様子を見に行ったところ早期発見となりました。

謎が解かれてみると「なーんだ」という気にもなりますが、とっさに蝶々を天井に張り付けるという機転がきく犯人でもありました。往生際は悪かったですけど。

スマートフォンやガラケーに慣れきった生活をしていると見落としがちですね。犯人のうっかりとも言えるミスで犯行がバレてしまいました。

妄想日記

精神科医の邸宅の庭で人が燃えていた。被害者は娘婿で、三年前の自損事故で妻と幼い息子を失ったショックから喋らなくなっていたという。ここ最近言動がおかしくなり、地下の部屋で過ごすことが多くなり、米や塩、手鏡などを部屋に持ち込むようになったという。また誰にも解読できない創作文字で日記のようなものを書きつけていた様子も見受けられた。亡くなる直前には「人を殺した」と告白するようなFAXを送っていたことが分かり、当初は自殺だと思われていたが死因が焼死ではないことも判明し…。

 

被害者を診ていた精神科医は、「人を殺した」という告白は三年前の事故のことを指していると説明しましたが、火村は違うと捉え三年前のことを調べました。事故のほぼ同日同時間にひき逃げがあったことを突き止め、被害者がひき逃げ事件を起こしたことで動転し、それが自損事故へと繋がったのではないかと推測しました。

犯人が遺体を燃やした理由……結構ひどいと思います。何も燃やさなくても、そのままでも「おかしな言動の一つ」で片付いていた気もしますが、三年前の真実が露見することがそれほど恐ろしかったということでしょうか。

彼女か彼か

本物の女性と見紛うばかりの美しく女装していた男性が、自宅で殴打され殺された。容疑者は、被害者と揉めていた3人。自分は被害者の父親の隠し子だと主張し、容疑者に対し父親の遺産を要求していた男性。被害者のいとこで、被害者の父親の介護をずっとしていたことから金銭トラブルが生じた女性。被害者に恋人をとられたと憤る女性。一人一人と面談を行った火村は、ある人間の吐いた嘘を見抜き、そこから犯人を見つけ出した。

 

積極的に捜査に出かけるというような動きはなく、容疑者や関係者たちの会話の中で犯人を導き出すといういつもとは少し変わった趣向の短編でした。

特に引っ掛かりも覚えず普通に読み流してしまったのですが、女装した男性の特徴というか、今回の嘘は男性の方が気づきやすいかもしれません。

ある会社社長の別荘で秘書の男が殺された。社長が不在だった前夜には、懇意にしている隣家に家族で招かれてパーティーが催され、そこで小さなトラブルが起きていた。また事件発覚後の別荘のプールサイドに、家中のどこにも該当しない謎の鍵が落ちていたことが分かる。当初は年若い社長夫人の思い出の宝石箱の鍵ではないかと思われたが、肝心の宝石箱も忽然と姿を消していた。

 

「ヒント、犯人は甘木一郎(社長)です」と何の前触れもなく火村に言われてしまいましたので、犯人当てではなく「鍵の正体」にフォーカスした謎解きでした。ヒントはたくさん散りばめられていましたが、全然そこに思い至りませんでした。今の時代ではなかなかピンと来る人も少なそうではあります。

人喰いの滝

映画の撮影隊が夏に訪れた時は仲間の女優が滝つぼに落ちて亡くなった。冬に再び撮影に訪れた時は、親切にしてくれた老人がまっすぐに滝(川)へと向かうような足跡を雪の上に残し、崖から転落して亡くなった。人を惑わせて誘い、一度飲み込むと二度と吐き出さないという「人喰いの滝」で起きた2つの事件。不審な足跡もなく一見自殺のようにも思える老人の死だが、調べていくうちに、老人に高額の老人ホームに入るための金の当てができたらしいこと、転落後亡くなるまでの間にダイイングメッセージともとれる文字のようなものを残していることが分かってきた。また火村が、予備を持たない生活をしている老人が、長靴を2足持っていたことに疑問を覚える。

 

犯人は、あるトリックを使って老人を自殺に見せかけて転落死させたのでした。動機は夏に起きた女優の事故の件で脅迫を受けたためです。雪の上に、犯人らしき足跡も揉み合ったようなあともない、被害者の足跡だけ残されている現場(発見者の足跡もあります)。まさに王道のミステリーといった風でした。

それにしても、トリックって手間がかかりますね。

蝶々がはばたく

電車で鞄をぶつけてしまったことから、目的地に着くまでの短い間話をすることになった男性から、過去に起きた不思議な話をアリスは聞く。仲間内と旅行に行った先で、恋人同士だった1組のカップルが閉め切った宿から忽然と姿を消したのだという。以来全くの行方知らずだったその2人を35年ぶりに遠目で見た、幼い孫と手をつないで幸せそうだったと懐かしそうに話すのを聞きながら、アリスはカップルが消えたトリックを解こうと必死になる。

 

表題作の「ブラジル蝶の謎」と関りがあるのでは?と思っていましたが、全くの別の話でした。

火村と二人でカニを食べに行く予定が、火村側に遅刻する事情ができてしまい(入院中の大家のばあちゃんがケガをした)、アリス一人で電車に乗っている時の出来事でした。あとから追いついてきた火村にこの話をすると、どうやら謎は謎でもなかったようです。「駆け落ちをするカップルはわざわざ痕跡を消す工作をするより、より遠くに逃げることを考える」全くその通りです。

とはいえ、事件が起きた時代(1960年)を知らないとまず解けない謎でした。このほのぼのともいえるエピソードの最後が、1995年の阪神淡路大震災へと接続し、短いながらも印象深い短編でした。

 

□□

時代を感じる話もありますが、トリックや2人のやり取りはいつ読んでも新鮮で、安定感を感じました。長編に少し疲れてしまった時、短い話を読んで頭と心を休めるのも良いと思います。

 

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