外国名が登場する「国名シリーズ」ですが、今までは日本で起きた事件でした。「マレー鉄道の謎」は名実ともに初の海外です。懐かしい旧友との邂逅でもやはり事件に巻き込まれる2人は、なじみの警察官が一人もいない中、滞在リミットが迫る中無事に事件を解決して帰国することができるのか、本書のあらすじと感想をまとめました。
「マレー鉄道の謎」書籍概要
火村英生(作家アリス)シリーズ12冊目で、国名シリーズ第6弾。マレーシアを舞台とした長編ものです。
- マレー鉄道の謎(2002年5月/講談社ノベルス)
- マレー鉄道の謎(2005年5月/講談社文庫)
大学時代の旧友・大龍の経営するマレーシアのキャメロン・ハイランドにあるゲストハウス「ロータス・ハウス」に滞在することになったアリスと火村は、のんびりと旅行を満喫していた。経由地のクアラルンプールで日本人グループを見かける。どうやら彼らもキャメロン・ハイランドへ向かうらしい。地味な服装から、どうやら先日のマレー鉄道で起きた列車の追突事故での犠牲者追悼集会に参加した帰りらしいと火村は言う。
大龍の出迎えでキャメロン・ハイランドに到着した2人は、コーヒーを飲むため立ち寄ったカフェで喧嘩に出くわす。
登場人物
【ロータス・ハウス関係者】
- 衛大龍:ロータス・ハウスのオーナーで火村とアリスの大学時代の友人。
- オスカー:ロータス・ハウスの従業員。
- 池沢晶彦:ロータス・ハウスの客。
- アラン・グラッドストーン:ロータス・ハウスの客。イギリス人作家。
【キャメロン・ハイランドの住人】
- 百瀬虎雄:レストラン経営者で、通称ハリマオ・コテージに住んでいる。
- 百瀬淳子:虎雄の妻。
- 大井文親:虎雄の秘書兼運転手。
- 日置静郎:マレー鉄道の事故で亡くなった。虎雄の共同経営者。
- 日置瑞穂:静郎の娘。
- シャリファ:百瀬家のお手伝いの女性。
- ワンフー:シャリファの兄で働き者の妹とは違いふらふらしている。
- リム先生:シャリファとワンフーの父親で町医者。2年前、列車から転落して亡くなった。
- ジョン:カフェ「ディスタント・バレイ」経営者。
- 津久井航:バックパッカー。ロータス・ハウスは割高なのでチェックアウト後は安いゲストハウスに泊まっている。シャリファに一目ぼれしたらしく、兄のワンフーと揉める。
事件発生
カフェで揉めていたのは、津久井とワンフーだった。どうやら町でシャリファを見初めた津久井が彼女に付き纏うのを、ワンフーが咎めているらしい。2人の仲裁でその場は収まった。
翌日、町を散策していた2人はタイヤのトラブルで困っている日本人女性を助ける。彼女は百瀬淳子と名乗り、2人をハリマオ・コテージのお茶に招待する。百瀬邸の敷地にはトレーラーハウスが置いてあり、淳子はそれの引き取り手を探していた。2人がお茶を飲んでいると、トレーラーハウスに興味を示したジョンが訪ねてきたが、すぐに中の様子がおかしいと言い始める。床に血の跡があり、鍵はないのにドアが開かないのだ。どうやら内側からテープで目張りがしてあるらしい。
強引にドアを開けた火村とアリスは、部屋の隅に置いてあるキャビネットから胸にナイフが刺さった血だらけの男の遺体を発見する。
ワンフーだった。
第二の事件
地元警察の捜査が始まるものの、自殺か他殺かはっきりしない。他殺の場合、テープで密室を作った方法と理由が分からないし、自殺の場合でも目張りをしてキャビネットに入る理由がない。一人暮らしのワンフーが自殺の場所としてトレーラーハウスを選んだ理由も不明だ。
ワンフーの自宅からは妹のシャリファに当てた遺書が見つかったが、内容は抽象的すぎて分からないことが多かった。はっきりしているのは、彼が誰かを許せないほど憎んでいたらしいということだった。
警察はカフェでワンフーと喧嘩していた津久井を探すが、宿泊先にお金やパスポートを置きっぱなしで行方が分からなくなっていた。
ワンフーの恋人だった瑞穂から、一週間ほど前から被害者の様子がおかしくなったと証言があった。ちょうどマレー鉄道の事故で瑞穂が父親を亡くした時期と一致している。
目張りに使ったテープからワンフーの指紋がでなかったことから、火村は他殺だと考える。マレーシアに来てまでフィールドワークに勤しむ火村だが、帰国のリミットは迫っていた。
そんな頃、第二の事件が発生した。
行方不明になっていた津久井の遺体が、空き家の納屋で見つかったのだ。彼は大麻を隠し持っていた。
第三の事件
マレーシアに大麻を持ち込むと死刑になる場合もある。ワンフーの許せない相手というのは、大麻を持ち込んだ津久井ではないか。津久井を殺してしまったワンフーが自殺を図ったのではないかという見方が警察で出ていた。
だが鑑定の結果、津久井の死亡時刻はワンフーより遅かったことが判明した。また津久井が発見された場所から犯人が津久井殺害時に使用した手袋が見つかり、目張りに使ったテープの成分も検出されたことから、2つの事件は同一犯による連続殺人と確定した。
火村・アリスとは別に、イギリス人作家アランも独自に事件に興味を持ち、あちこちを取材して回っては不興を買っていた。火村からはスカの推理だと一蹴されていたが、独自の推理でトレーラーハウスの謎が解けたとアリスに電話をよこし、今晩そのことについて話し合おうと約束していた。
だが約束の時間になってもアランはロータス・ハウスに戻ってこない。様子を見に外に出た大龍は、庭先で倒れているアランを発見する。誰かに殴られたらしく、すでに絶命していた。
アランは犯人を示すらしいダイイングメッセージを残していたが、アリスと火村は激しく否定する。
犯人は
アランは完全に的外れな推理をしていたので、犯人にとっては脅威でもなかったはず。それなのになぜ殺されなければならなかったのか。
それに思い至った時、火村はトレーラーハウスの謎と犯人が判った。
火村に追い詰められた犯人は逃げる道を選んだ。捕まらないようジャングルに留まれば虎に襲われ、無事にジャングルを抜け出せても一生逃げ続けなければならない。そういう道だった。
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旅行記兼ミステリーと長くて読み応えのある一冊でした。
本文は全部日本語で書かれていますが、日本語と英語とマレー語が飛び交っている場所での事件でした。現地での会話はほとんどが英語でした。ペラペラの火村はともかく、サムライイングリッシュのアリスには少々大変な事件だったように思います。個人的には、ところどころあやふやなところはあっても普通に意思疎通ができるアリスも十分英語力はあると思います。
事件は一件落着したわけですが、そこには殺人事件にまで発展するような本人の強い作為があったかは不明ですが、誰にも裁かれることのない「影の犯人」ともいえる存在が最後に出てきました。電話一本で人を動かして復讐を遂げてしまった勝利者です。
司法の手に委ねられない犯人にどう対処するのか、帰国リミットのない日本での事件だったら火村准教授はどういう行動をとっていたのか気になる話でもありました。
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