「乱鴉の島」のあらすじと感想をまとめました。
火村英生(作家アリス)シリーズは探偵役の犯罪学者が警察に協力して事件を解決するという様式美があるので、「乱鴉の島」は事件発生から解決まで警察組織が一切入り込まないという時点で異色の作品でした。
「乱鴉の島 らんあのしま 」書籍情報
火村英生(作家アリス)シリーズの16冊目となる長編もので、交通・通信手段のない孤島で事件が起きるというクローズドサークルものでもあります。
- 乱鴉の島(2006年6月/新潮社)
- 乱鴉の島(2008年10月/講談社ノベルス)
- 乱鴉の島(2010年1月/新潮文庫)
疲れ気味の火村を気遣った大家のばあちゃんの勧めで、アリスは火村と命の洗濯に出かけることになった。だが目的地の「鳥島(とりしま)」を「烏島(からすじま)」だと盛大に間違えてしまったため、辿り着いたのはほぼ無人島同然の黒根島・通称烏島(からすじま)だった。烏島には伝説的な詩人・海老原瞬の屋敷があり、普段は管理人夫婦が滞在しているだけだったが、この日は海老原を含め彼と親しい顔ぶれが島を訪れていた。
翌日船の迎えを頼むまでの間、何とか野宿を免れ海老原邸に一泊させてもらえることになったアリスと火村だが、島に来ていた子ども達に気に入られたため海老原に滞在の延長を提案される。
登場人物
【海老原邸関係者】
- 海老原瞬:伝説的な象徴詩人、作家、翻訳家、英米文学者。ほぼ隠遁生活を送っている。
- 藤井継介:海老原の友人で産科医。クローン技術の研究で一時期世間を騒がせた。
- 中西美祢:保育士
- 水木妥恵:スクールカウンセラー
- 財津 壮:学習塾講師
- 市ノ瀬拓海:財津の甥。小5
- 香椎匡明:行政書士
- 香椎季実子:行政書士。香椎の妻
- 小山 鮎:香椎夫妻の姪。小5
- 木崎信司:屋敷の管理人。ハッシーのファン
- 木崎治美:屋敷の管理人。木崎の妻
- 海老原八千代:海老原の年の離れた妻。27歳の若さで病没。治美によると理想の夫婦だったらしい。
【その他】
- 初芝真路:ミダス・ジパングの若き社長で、クールジャパンを世界に売り出そうとしている。TV出演などもしており綽名はハッシー。ライバルにカッシーがいる。
事件勃発
海老原を含めこの島にいる大人たちは、こぞって子ども2人の機嫌を取っているらしいとアリスは感じる。
部外者として手放しで歓迎はされないものの海老原のとりなしで客として迎え入れられたアリスと火村が子どもたちのキャッチボールに付き合っていると、島にヘリコプターがやってきた。ミダス・ジパングのカリスマ経営者・初芝だった。初芝は藤井医師と会って話がしたいと望んでいたが断り続けられていたため、藤井のスケジュールを調べて島に乗り込んでくるという強硬手段を取ったのだった。
海老原邸には入れず藤井からも拒絶の意志を示された初芝は、想定済みの対応だったらしくあらかじめ無人の人家に宿を確保していた。アリスと火村の訪問を歓迎する初芝と会話する中で、彼の目的が藤井に自分のクローンを作ってもらうことだと知る。
アリスは今回の不思議な会合は、藤井にクローンを作ってもらいたい人達の集まりではないかと話すが、火村は気のない様子で取り合わない。
ブラブラと島を散策したり昼寝をして過ごした2日目の午後、管理人の木崎信司の姿が見えないと妻の治美が探していた。ハッシーのファンだから彼の所へ行ったかもしれないという言葉を受けて、昨晩初芝と交流した火村とアリスが代表で見に行くことになった。
初芝の滞在先の家に木崎はいた。ただし、鉄アレイで額を割られ息絶えた姿だった。
閉ざされた島
警察に連絡しようにも何者かによって電話線が切られていることが分かった。携帯電話は圏外、唯一の連絡手段となった初芝の衛星電話を使おうにも本人は姿を消して行方知らず。迎えの船は月曜に来ることになっていたが今は土曜日。烏島は孤立した。
火村と藤井の見立てで、木崎の死亡時刻は午後3時から4時の間だろうと推測された。島にいるのは海老原邸に滞在する面々以外は初芝のみ、おそらく犯人は初芝だろうとメンバーたちは予想し、彼の襲撃に備えて夜は交代で寝ずの番をすることになった。情報収集のため番人に立候補した2人は、様々な情報を手に入れる。
- 事件のあった午前中、初芝が電話相手に怒鳴る声を聞いた(アリスと火村が直接目撃)
- その際、藤井のものらしき靴を目撃(アリス)
- アリスと火村の前に子どもたちも初芝の家を訪問し電話の声を聞いていた(子どもの2人の証言)
- その際、他にも人の気配がしたが姿等は見ていない(子ども2人)
- 藤井は、初芝の滞在先に出向きクローン人間についての交渉を行っていたことを認める
これらの話を総合し、初芝は藤井との大事な交渉中に電話がかかってきたことに腹を立てて怒鳴り散らしていたことが分かった。藤井によると返事は保留したらしい。
また木崎の寝室を調べた結果、パスワードの掛かったパソコンと小さな手提げ金庫が見つかった。妻の治美はパソコンには触らないというし、金庫のことも知らなかった。
翌朝、島の一か所で大量のカラスが舞っているのを気にした火村に伴って様子を見に行ったアリスは、追いかけてきた香椎匡明とともに崖下で倒れている初芝を発見した。崖から転落死したらしく、壊れた腕時計の時刻等から亡くなったのは土曜日の午後2時頃だと推測した。つまり木崎より先に死んでいることになり、木崎殺害の初芝犯人説は消えた。
また満潮があったにも関わらず衣類等が濡れている様子がないことから、初芝が転落死したあと誰かが故意に遺体を引きずって移動した=他殺だと火村は断定した。また崖の上に立つ木の幹に犯人が細工した痕跡を見つける。衛星電話は見つからず、島を孤立させるため誰かが海に投げ捨てたのではないかと思われた。
2つの事件で考えられるのは次の4パターン
- 犯人は初芝、木崎の2人を最初から殺害する予定だった。
- 犯人は初芝殺害後、その事実を知った木崎を口封じした。
- 犯人は木崎を殺害する予定だったが、計画を知られたため先に初芝を殺害した。
- 木崎が初芝を殺害し、その後何者かが木崎を殺害した。
事件の鍵を握るのは今回の集まりの目的だと火村が全員に告白を求めるが、誰もが特別な目的はないと繰り返し、アリスが主張するようなクローンを作ってほしいという依頼もしていない、むしろ怪しいのは部外者であるアリスと火村ではないかと対立する様相を見せてきた。
実際、土曜日の行動を全員で検証した結果、全員が自由気ままに過ごしていることが分かり捜査は行き詰る。
木崎の手提げ金庫を開けると、中から妻には内緒で貯めていた500万円余りの預金とネット証券会社の書類が出てきた。その情報を元にパソコンのパスワードを入力した結果、亡くなる前2~3日間の木崎のネット閲覧履歴が分かった。ネット証券会社ひとつだけだった。
- 木崎の遺体発見とほぼ同時期に電話線が切られていた謎
- 移動させなければ転落死(事故死)になったかもしれない初芝の遺体を移動させた謎
- 今回の顔ぶれが島にやってきた本当の目的
- 大人たちが子どもの機嫌をうかがっていた理由
これらの謎を火村は解いた。
犯人は
同一犯でした。4つの犯人のパターンから4番目が消えたことになります。犯行動機は島外にあったため、犯行動機から犯人を見つけていくよりアリバイやら滞在客らの特徴を詳細に検討して犯人を絞り込むというやり方で推理していくという方法が取られていました。
ありふれた殺人という火村の言葉通り、壮大な舞台設定に覆い隠されたごくごく普通の(?)犯行動機を持った人物による犯行でした。
犯人当てや集まりの目的より何より、なぜ電話線が切られたかという謎の解答が素晴らしかったと思います。個人的乱鴉の島ハイライトです。そこだけでこの本に対する満足度が高いです。電話線を切った気持ち、すごく俗物的で共感できます。
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孤立した島、秘密めいた集まり、何やらいわくのありそうな子ども達、クローン技術や人工授精……と舞台設定が大がかりだったぶん事件の普通さ(?)に肩透かしを食わされましたが、大がかりな設定自体が隠れ蓑として機能していたことを考えれば、すっかり作者に騙されたという気持ちでいっぱいです。
初芝が自分のクローンを作って、それに自分の知識や何やらをそっくり移したいと願ったとしても実際にうまくいくとはどうしても思えません。一卵性双生児が全く同じ人生を歩むことがないのは分かり切ったことなのに、クローンだと可能だと考えてしまうものなのでしょうかね? クローン技術が発達して自分と同じ遺伝子を持つもう一人が現れたとしても、絶対に本人にはなりえないと思います。クローンを望む心理が理解できないので、いまいちその辺りには入り込めないまま読み終わりました。
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