有栖川有栖『ジュリエットの悲鳴』あらすじとほんのりネタバレ感想まとめ

有栖川有栖さんの「ジュリエットの悲鳴」のあらすじと感想をまとめました。有栖川さんの人気シリーズとは趣向の異なる短編がぎゅっと集まっています。気楽に読めるものばかりなので、小難しいミステリーというより軽い読み物としてもおすすめの一冊です。

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「ジュリエットの悲鳴」書籍概要

「落とし穴」「裏切る眼」「遠い出張」「危険な席」「パテオ」「多々良探偵の失策」「登竜門が多すぎる」「世紀のアリバイ」「タイタンの殺人」「幸運の女神」「夜汽車は走る」「ジュリエットの悲鳴」の12作品を収録した短編集。

  • ジュリエットの悲鳴(1998年4月/実業之日本社)
  • ジュリエットの悲鳴(2000年7月/実業之日本社ジョイ・ノベルス)
  • ジュリエットの悲鳴(2001年8月/角川文庫)
  • ジュリエットの悲鳴(2017年6月/実業之日本社文庫)
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落とし穴

苗川は自分の不注意から、そりが合わない同僚・鬼頭に弱みを握られる羽目に陥ってしまった。鬼頭の陰湿なやり方に精神的に追い詰められた苗川は鬼頭をこの世から消すことに決め日曜出勤を決行した。会社の警備員は午後から競馬中継に夢中になり巡回しないことを知っていたので、出勤と退勤時の印象を残しておけばアリバイ証人として利用できると踏んだのだ。苗川はある特技を生かしてビルを抜け出し目的を達成した。だがビルへと戻る途中、高校時代の級友を見かけた。とっさに店頭の本を読むふりをしてその場をのりきり苗川は完全犯罪を達成したのだったが……。

 

「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉が頭をよぎる話でした。完璧なアリバイと不可能脱出でもって同僚を手に掛けた苗川でしたが、思いもよらない出来事により彼の犯罪は完膚なきまでに暴かれるのでした。まさに落とし穴でした。

裏切る眼

亡き幼馴染の従兄の妻とあやうい関係に陥ってしまった京介は、彼の死から3年後、久しぶりに会うその妻・千里と幼い息子・裕太とともに従兄が事故死した別荘へと向かって歩いていた。従兄の喪が明けたら迎えに来てくれると思っていたと言う千里にうんざりしながらも、京介は当時裕太好きだったジェル状のおもちゃ・緑色のスライムを出張先で見つけ懐かしさでまた買ってみたと見せたところ、千里の表情が一変した。赤と緑の区別がつかないという色盲の京介の話を持ち出した千里は、夫の和俊が京介との浮気に気づいていたこと、死亡するまでの数日間の様子を京介に語って聞かせた。

 

階段から落ちて亡くなった従兄の死の真相についての話です。未必の故意になるのかなとも思いましたが、明確な殺意を持ってある推理をもとにそれを実行したようなので殺人ということになりますね。ただもはや証拠を確認する術がありません。

遠い出張(Intermission 1)

営業の仲井は札幌出張に来ていた。順調にノルマをこなし調子に乗ってすすき野で羽目を外した仲井は、ぐでんぐでんに酔っぱらってアスファルトに転がった。そのまま眠ってしまい、目が覚めると事故で死んだはずの前社長が目の前に立っていた。

 

あとがきによると、とある情報誌の広告の一部として掲載されたショートショート3部作の1つとのことです。あるモバイルを作中に登場させた謎解き広告だったようで、3作品の登場人物の頭文字を繋ぐとスポンサー名になっているそうです。短いのに小技が効いてます。

危険な席

出張先の長野から戻るため小笠原は「しなの18号」に乗ることにしていた。時間はかかるが他の「しなの」と違い大阪まで直通だからだ。18号に乗るためホームに着くと大阪から到着したばかりの「しなの15号」がホームに停まっていた。この後清掃等を済ませ折り返し戻っていくのだろう。家に戻ると、帰宅時間を伝えていたにもかかわらず妻は夕食の支度もしておらず邪険な態度で小笠原を迎えた。出前の寿司を待つ間、テレビからあるニュースが流れていた。「しなの24号」で毒針による無差別殺人が起きたという内容だった。被害者の席は1号車A13号。小笠原がしなの18号で座ったのと同じ席だった。カルチャースクールで推理小説を執筆し懸賞に応募している妻に対し、小笠原はある思いを抱いた。推理小説のようなトリックを使って、妻が自分を殺そうとしたのではないかと。

 

変形的な時刻表トリックといった感じでしょうか。事件自体は迷宮入りしています。想像だけで実行してしまったので無差別殺人に発展してしまったようですが、短編内で犯人はほのめかされているものの野放し状態なので、あくまで小笠原の疑惑でしかないというオチになっています。自分の命を狙ったかもしれない妻と暮らし続けるのはなかなか大変だと思います。次は完遂されるのではないでしょうか。

パテオ

中々芽の出ない作家・虻田は東京に打ち合わせに出てきた流れでとあるパーティーに出席した。将来を嘱望されている気鋭の推理作家・綿貫、大きな賞を獲った越美、大型新人作家・ミチル、何やらものすごいものを執筆中の鴨居らとともに2次会に参加した虻田は、4人が同じパテオの夢を見、その中で小説のアイデアなどを得ていたことを聞かされる。夢で見た内容を小説に書いて賞を獲ったり絶賛されたりしているという。夢の話なので真偽は分からない。解散後、編集のとってくれたホテルで眠った虻田はある夢を見た。パテオの夢だ。期待を込めてパテオで起こることを見逃さないようにと意気込む虻田だったが……。

 

ミステリーものではなく、ファンタジーです。素晴らしい小説のアイデアをもたらしてくれるパテオ。あらゆる作家さんが欲しているものかもしれませんね。虻田さんの夢のオチがせつないです。

多々良探偵の失策(Intermission 2)

私立探偵の多々良は、ピンチヒッターで桂木のある場所を張り込むことになった。深夜に人の出入りがあるはずだから現場の写真を撮るという内容だった。事務所から送られてきたファックスの地図に従って一睡もせずに見張ったが、結局何事も起こらなかった。だが翌日、依頼人が怒鳴り込んできた。張り込む場所を間違えていたことが発覚し多々良は解雇されてしまった。多々良の言い分は、相棒のへまだった。せめて地図の駅名を横書きではなく縦書きにしてくれたら起こらなかった間違いだったと。

 

ショートショート第2弾です。縦書き横書きのくだりでピンとくる勘違いものなので、正解者は多かったのだろうなと思います。

登竜門が多すぎる

新設されたクライムノベル大賞に推理小説を応募するつもりの野呂のもとに、ある営業マンがやってきた。推理小説の執筆に必要な様々な道具を提供するハードウェア部門を担当しているといい、推理小説家必携の品をいくつも紹介していく。

 

時刻表の挿入が簡単にできたり、読者への挑戦状が簡単に作成できたり、傍点機能が充実したソフトだったりと、推理小説あるあるが面白おかしく紹介されている短編です。ミステリー要素は皆無ですが、ミステリー作家要素満載でした。

世紀のアリバイ(Intermission 3)

1897年に起きた事件の被害者ピート・カッシングと利害関係のあった2人の容疑者・ウィルバーとオービルのアリバイは完璧だった。車をどんなに飛ばしても、ジミーの店にいた2人は犯行は不可能だった。6年後、とある世紀の大発明が成功したが、いつその発明が完成していたのかは本人たちしか知らない。

 

ショートショートです。実際にできるかどうかは問題ではなく、ああなるほどと読み終わった後に手を打って納得するタイプの話です。

タイタンの殺人

地球人とエイリアンが共生するタイタン・シティーで6年ぶりに殺人事件が起きた。名門ホテルの一室で地球人の貿易商がレーザー銃で撃たれたというものだった。部屋のドアには鍵が掛かっていたが犯人はいなかった。容疑者は3人のエイリアン。吸盤をもつエイリアンは窓から壁を伝って逃げることができる、翼をもつエイリアンは飛んで逃げることができる。身長が5~6mはあろうかというタコ型エイリアンは真上の自室に窓から手を伸ばせば届いてしまう。誰にでも犯行は可能だった。だが3人から話を聞いたヤーマダ警部は、犯人が分かったという。

 

容疑者がエイリアンという特殊なミステリーでした。そちらの特殊性に気を取られてしまうのですが、犯人を導く論理はごくごく普通の思考で大丈夫です。エイリアンの特徴に注目すれば簡単に分かるのですが、設定の奇抜性が良い目くらましになっていました。

幸運の女神(Intermission 4)

トモコのメール友達である外国人は、彼女を幸運の女神だと言い重要な判断を彼女に委ねていた。今回も詳しい事情は告げず、ゴーかストップかだけを教えて欲しいという。トモコは気軽に言った。「ストップよ」彼はトモコの判断に従った。

 

ショートショート第3弾です。トモコのメル友は誰でしょう?というクイズみたいな短編です。落語のような話でした。

夜汽車は走る

彼は幼い頃の記憶を思い出していた。母に連れられて夜汽車に乗った思い出だが、当の母はそんなことは絶対になく夢を見たのだと言われた。小学生の頃、友人の井出にその話をしてみたことがある。馬が三つ重なった駅名を見たというと、それは「驫木(とどろき)」という青森にある駅だと教えてくれた。夜汽車の中で、彼は妻と出会った大学時代のことを思い出す。その中には井出もいた。まさか妻と応援してくれていた井出が不倫しているとは思わなかった。乗っていた列車のスピードが落ちたのが分かった。それは困る。順調に走ってくれなければ彼のアリバイ計画は崩れてしまうのだ。だが乗り合わせた別の客がさっきから対向列車が一車両もきていないという。おそらく、この列車もこれから遅れるだろうと。

 

あとがきによると、夜汽車を巡る3つの情景を繋ぎ合わせて一本の短編に仕上げたそうです。過去の回想がほとんどを占める列車の旅情たっぷりのストーリーでしたが、最後はミステリー要素で締めくくられました。

ジュリエットの悲鳴

由理枝は、武道館を満員にする人気のロックグループ「トラジェディ」のボーカル・ロミオにインタビューを行っていた。彼らの曲「NOTHING」の中に正体不明の女の悲鳴が紛れ込んでいるという噂があり、その怪談はロミオという名前から連想して「ジュリエットの悲鳴」と呼ばれているが、ロミオはその話題に触れたがらず由理枝も気を遣っていた。だが熱狂的なコンサートが終わったあとにロミオの部屋でインタビューの続きを行った由理枝は、ロミオからジュリエットの悲鳴にまつわる彼自身の過去の恋について聞かされる。

 

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」ではすれ違いによりどちらも死んでしまいますが、ここではジュリエットのみ命を絶った話が語られます。ロミオ自身にのみ、ジュリエット以外の悲鳴、ロミオの悲鳴も聞こえるという話でした。特に謎解き要素はありません。

 

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作者の意図どおりごった煮感のある短編集でした。ミステリー作家さんだと謎解きとかトリックばかり期待してしまいがちですが、そこが薄いストーリーでも十分楽しめる一冊でした。私の中では箸休め的な位置づけの本です。人気シリーズをいくつも持っているのでキャラクター人気に支えられている面もあるでしょうが、そこから離れた本を読むと、改めて読みやすい文章を書かれる作家さんだなと思います。