有栖川有栖「火村英生(作家アリス)シリーズ」『妃は船を沈める』あらすじとほんのりネタバレ感想

「妃」と呼ばれる一人の女性にまつわる一連の事件をとりあげた1冊です。探偵と対峙する女性というとシャーロック・ホームズシリーズのアイリーン・アドラーを思い浮かべますし、妃という名前からはエラリー・クリーンが出てきます。そういうのを意識して命名されているのかななどと考えながら読むのも面白い一冊です。

ミステリー小説である以上、犯人は本の中で知ってほしいと思うので明らかにはしませんが、あらすじや感想には多少のネタバレを含んでいます。

「妃は船を沈める(きさきはふねをしずめる)」書籍概要

火村英生(作家アリス)シリーズ17冊目で、「猿の左手」「残酷な揺り籠」という2つの中編と、その間に入る「幕間」で長編のような流れのあるストーリに仕立てている。

また第一部の「猿の左手」の中で、ウィリアム・W・ジャイコブズの怪奇小説『猿の手』の解釈について登場人物たちが論議をする場面がある。

  • 妃は船を沈める(2008年7月/光文社)
  • 妃は船を沈める(2010年9月/光文社カッパ・ノベルス)
  • 妃は船を沈める(2012年4月/光文社文庫)

第一部 猿の左手

岸壁から一台の車が海に飛び込むのを、夜釣りに来た人たちが目撃した。引き揚げられた車内からは一人の男性が見つかる。男が海に飛び込む数十分ほど前に睡眠薬を飲んでいたことが分かると、捜査の目は他殺へと向く。被害者には多額の保険金が掛けられていた。容疑者は3人。金銭トラブルで夫婦仲が冷えていた妻、被害者に3,900万もの大金を貸していた妻の友人、その友人の養子。だが3人ともに事件当時の強固なアリバイ、もしくは犯行が不可能な状況があり、事件は長引く。怪奇小説「猿の手」の解釈を巡って火村とアリスが議論していた時、火村が重大な見逃しに気づく。

 

本のタイトルにある「妃」は、妻の友人である三松妃沙子を指しています。保険のセールスで才能を発揮し、30歳になる前に億の資産を稼いだ彼女は、投資によって資産を増やしつつお気に入りの若い男性のパトロン(パトロネス)になり、周囲に侍らせるという生活を楽しんでいます。中でもお気に入りの子・潤一を養子にし、足の悪い彼女の身の回りの世話などもしてもらいます。彼女が面倒を見る男性は彼女の好みである猿顔であり、イギリス人のバックパッカーにもらったという「願いを3つだけ叶えてくれる猿の左手のミイラ」を大切にしています。

 

火村先生と妃の頭脳対決かと思いきや、パトロンを満喫しているだけの多少変わった女性と、彼女の作り上げた環境が引き起こした事件でした。謎解き自体はあっさり風味なお話です。作中に出てくる怪奇小説「猿の手」に対する感想をぶつけ合うシーンや、実際に起きた荒木虎美事件の話は興味深かったです。どちらも事件の真相に迫るための重要なエピソードにもなっているところが凄い。

40も過ぎた分別のある筈の女性が、5年前に起きた事件の反省すらせず若い男に囲まれるという生活を続けている時点で異常でした。邪気のない女性像を演じているようにも見えましたが、億を稼ぎ出すほどの営業手腕を持った人間が、自分の言葉が他人にどういう影響を与えるのか知らないわけがありません。何が起こるのか、確信しての「猿の左手」だったと思います。

結局追い詰められながらも法的な裁きから逃れることに成功した彼女は、アリス&火村にとっては手ごわい相手だったのかもしれません。

幕間

一部と二部をつなぐための短いエピソード。特に事件も起こらず、「猿の左手」事件の解決後に火村たちとふらりと入った船員バーに、アリスが一人で再訪する話。

外国の音楽がBGMで、粋な女性店主とそれについて語り合うシーンがあります。音楽に詳しくないので何のことやらさっぱりですが、どことなくしみじみとした郷愁を感じる、雰囲気のある一幕でした。

第二部 残酷な揺り籠

午後1時過ぎ、近畿地方を震度6の地震が襲った。その2時間後、設楽夫妻の自宅の離れで、近距離から胸に銃弾を受けた男性の遺体が発見された。夫妻は母屋2階のリビングのソファで、送られてきたワインに入っていた睡眠薬によって眠らされていた。警察の要請を受け現場に駆けつけたアリスと火村は、2年前の事件の関係者と再会する。三松妃沙子は結婚して設楽妃沙子と名前を変えていたのだ。被害者は夫の会社の従業員で、結婚前の妃沙子と懇意にしていた男性だった。その後ワインを送ったのが被害者だと分かる。どうやら被害者は何かをたくらんでいたらしい。

 

重箱の隅をつつくような推理でした。そうでなければ犯人を追い詰められなかったのだと思うと、犯人の頭の良さや機転の素晴らしさがうかがえます。年下好きの妃が年上の男性と結婚、という状況に何か裏があると思って読み進めていたので意外でした。そして今回は、火村と妃の直接対決がありました。一歩も引きませんね。

「残酷な揺り籠」という作品タイトルは事件の背景になった地震のことですが、この地震によってアリバイが成立した人、逆に追い詰められた人と地震が深く話に関わってきます。

どちらにしろ、犯人を追い詰めることになった証拠が状況証拠1つのみで、あとは全て火村が組み立てたストーリーというが凄いですし、それが当たっているのもまた凄い。気づく火村も凄い。火村准教授、対決したら怖い相手です。

 

□□

どちらも独立した事件ですが、「猿の手」を前提とした「残酷な揺り籠」となります。10年弱で3つの殺人事件を引き起こす要因となった妃は、よほど魅力的な女性だったのでしょうね。第三者(私)からすれば、自分の欲望に従って好きに生きている人としか映りませんでしたが。才能や人運、金運などに恵まれた人ではあったと思います。

 

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