知念実希人『祈りのカルテ』あらすじとネタバレ感想

知念実希人さんの「祈りのカルテ」のあらすじと感想をまとめました。

研修医の諏訪野があちこちの科で研修を行いながら自分の進む道を探っていく医療系ミステリーです。病院にやってくるさまざまな患者の不可解な行動の理由を探りその問題を解決していくというホワイダニット系です。

ラストの短編が印象的でした。

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「祈りのカルテ」書籍概要

諏訪野良太は、純正会医科大学附属病院の研修医。初期臨床研修中で、内科、外科、小児科、産婦人科など、様々な科を回っている。ある夜、睡眠薬を大量にのんだ女性が救急搬送されてきた。その腕には、別れた夫の名前が火傷で刻まれていた。離婚して以来、睡眠薬の過剰摂取を繰り返しているという。しかし良太は、女性の態度に違和感を覚える。彼女はなぜ、毎月5日に退院できるよう入院するのか…。(「彼女が瞳を閉じる理由」)初期の胃がんの内視鏡手術を拒否する老人、循環器内科に入院中の我が侭な女優…。驚くほど個性に満ちた患者たちとその心の謎を、新米医師、良太はどう解き明かすのか。ふと気づけば泣いていた。連作医療ミステリ。「BOOK」データベースより

  • 祈りのカルテ(2018年3月/KADOKAWA)
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彼女が瞳を閉じる理由

2年間の初期臨床研修期間中にさまざまな科を経験する研修医の諏訪野良太は精神科にて勉強中だったが、病院の方針により週に1回程度の救急部での当直中だった。そこに運ばれてきたのが多量の服薬により意識混濁の患者・山野瑠香だった。諏訪野は知らなかったが瑠香はこの病院では有名人で、大量の薬を飲んでは自分で救急車を呼んで病院に運ばれ数日後に退院するということを1~2か月に一度はやっているという常連だった。瑠香は生活保護受給者で腕には煙草を押し付けたような火傷の跡で「あきら」と元旦那の名前が刻まれているのを諏訪野は見た。

精神科に入院した瑠香は指導医の立石の担当となり、彼女の指示で諏訪野が瑠香の話を聞くことになった。瑠香はあまり好意的な態度ではなく諏訪野はほとんど話をすることができなかった。聞くと、他の医者も彼女からまともに話を聞くことができず瑠香は機械的に処置をされただ入退院を繰り返している状態だった。瑠香の元夫・岡部彰が主治医に話を聞きたいと病院にやってきて諏訪野が対応することになった。元夫は瑠香は重すぎて自分には支えられない、今自分に会うと瑠香は不安定になるので離婚後は会わないようにしていると言い、瑠香に会わずに帰っていった。

指導医の立石は、諏訪野が空気や人の感情を読むのが抜群にうまく、精神科医としては優れた能力を持っていると言いつつも、精神科医に向いていないという。患者の感情に入り込みすぎていずれ治療を受ける側に回るというのだ。だが立石はそんな諏訪野に、自分たちが見捨てた形になっている瑠香を託した。

瑠香の過去のカルテを見返していた諏訪野は何かが引っかかるが判然としない。そのうち頭の中に何かが光った。諏訪野は、瑠香が毎月5日に退院できるよう調節して薬を飲んでいたことに気づき、そこから彼女の本当のねらいを知った。なぜ瑠香は退院日を調整して入院してくるのか。諏訪野の指摘を認めた瑠香はその場で退院して行った。だが数時間後、変わり果てた姿で再び瑠香が救急搬送されてくる。傍には警官もいて瑠香に聴取をしていた。いったい何があったのかと問う諏訪野に対し、瑠香は現状から抜け出す決心をしたので怪我が治るまでよろしくと笑った。

 

瑠香は精神不安定で薬を大量に飲んでいたわけではなく、彼女なりの考えで行動し口に出しては言えないSOSを発信していました。それに気づいた諏訪野により、ケガは負いましたが前に踏み出すことにしたようです。

悪性の境界線

胃の不調を訴え内視鏡検査を受けた近藤玄三は、外科医の冴木から胃の粘膜部分に癌細胞を認めたため内視鏡によって除去するという説明を受けていた。再来週には80になるという玄三は娘の幸子とともに話を聞き、切除部の癌の状態によっては胃の切除手術になるかもしれないが、何もなければ内視鏡による手術だけで完治すると知り安心していた様子だった。掛け捨てのがん保険も80歳で終了してしまうため、タイミングが良かった。

だが諏訪野が入院中の玄三がスーツ姿の男と話しているのを見た直後、玄三は態度を一変させた。手術を拒否するという。スーツの男の話を冴木にすると、その男から何かおかしなことを吹き込まれて医療不信になったのかもしれないという。このまま何もしないと癌は進行し2~3年で死んでしまう。冴木と諏訪野、娘の幸子の3人で玄三の説得にあたるが、玄三は頑なに内視鏡手術を拒否する。開腹手術で胃の切除ならいいが来週でないと受けないと言い張り、できないのであれば退院して来週手術してくれる他の病院を探すと言い出し親子喧嘩にまで発展したが、その理由については頑として喋らなかった。病院では諸々の検査や人の確保で緊急性がない限りは再来週以降でないと手術ができないと説明しても無駄だった。

患者が拒否すれば医者は何もできない。打つ手がなく困り果てていた時、病院にスーツの男が現れたと連絡を受け諏訪野は走った。何とか男を捕まえると諏訪野は男の素性を知る。どうみても怪しい人物ではないにも関わらず、なぜか玄三の態度が豹変した。それはなぜか。ある仮説が諏訪野の頭に浮かんだ。

玄三との最後の話し合いの席で諏訪野は自分の考えを話して聞かせた。諏訪野の仮説が正しいことを認めた玄三は自分のわがままを認め謝罪したうえで、どうしても内視鏡手術ではなく開腹手術を望むという。それを聞いた冴木は諏訪野とともに関係部署に頭を下げて頼み込み、玄三の手術を翌週にねじ込んだ。

無事に玄三の手術が終わり病理検査の結果も出た。玄三の件を通して外科もいいと思うという諏訪野に対し、冴木は外科はどうしても手術が中心になり一人一人の患者と向き合う余裕がないので諏訪野には向いていない、諏訪野には内科などの患者にしっかり寄り添って治療できる科が向いているのではないかとアドバイスした。

 

玄三の年齢と家族を思う気持ちが今回の騒動を起こしました。が諏訪野により良い方向へと向かったようです。

冷めない傷痕

今までの忙しさが嘘のように皮膚科は暇だった。することがなさ過ぎて不安だという諏訪野に対し、指導医の桃井は皮膚科は拘束時間が短く産休・育休もとれる女性に優しい科だと言いつつも、とある患者が入院してくると外科顔負けの忙しさになると言う。そのとある患者が救急搬送されてきた。火傷の患者だった。

右足のふくらはぎの辺りに揚げ物中に鍋の油がかかったという守屋春香は母子家庭で、5歳になる一人娘の花南と暮らしている。病院に泊まり込み数時間ごとに患部の処置を行っている諏訪野は火傷患者の大変さを知る。傷に軟膏を塗っていた諏訪野は、火傷の端のあたりに汚れのような染みを見つけ軽くこすると春香が悲鳴を上げた。ナースステーションに戻った諏訪野はカルテに記入を終え、何気なく見返して違和感に気が付いた。ロングスカートをはいていた春香が、皮膚の移植手術が必要なほどの大火傷を負う部位としておかしい。おそらく春香は嘘をついていると桃井に伝えた。

だが医者の仕事は嘘を暴くことではなく治療をすることだ。桃井にたしなめられつつも気になった諏訪野は、過去のカルテを探した。春香は7年前に右耳が聞こえなくなり酷いめまいがするといって受診し、突発性難聴と診断され入院していた。だが一般的に行われるMRIの検査は行われていなかった。包帯を変える時間になり、諏訪野は春香の病室へと向かう。その途中花南と手を繋ぐ男性と会った。春香によると職場の上司の鍋島だというが、おそらく春香の恋人だろうと諏訪野は検討をつけた。包帯を解き軟膏を塗ろうとした諏訪野はある異変に気付き、不自然にならないよう部位を写真に撮った。入院時より、春香の患部は広がっていた。

入院後に新たに火傷を負ったと断定した桃井と諏訪野は、さまざまな可能性を検討するものの決定打はない。春香、鍋島、花南と誰がやったにしろ、なぜわざわざ傷口を広げるような真似をするのか。考えるうち、諏訪野は7年前のカルテからある可能性を見出した。春香のロングスカート、火傷の端にあった黒い汚れ……全てがそれで説明がつく。諏訪野の考えは当たっていた。

春香の件が落着したのを見届けたあと、桃井は諏訪野が皮膚科に向いているとは思わないと言う。皮膚科は外来で患者の様子を診察しできるだけ早く診断を下すのが一番の仕事で、今回のようにじっくり患者を見る余裕は皮膚科にはないと伝え、将来についてゆっくり考えるようアドバイスした。

 

春香は鍋島との将来のため、過去の自分を消すことにしたのでした。最終的にそのことを告白し、聞いた鍋島も春香を受け入れたようです。

シンデレラの吐息

諏訪野のいる小児科に姫井姫子が喘息発作で救急搬送されてきた。両親によると3歳頃から何度か喘息で入院したものの、小学校に入学以降はあまり症状がでなくなっていたらしい。だがここ1年ほど発作が出始め3回も入院しているという。小児科医で諏訪野の指導医の志村に渡されたお薬手帳にはしっかりと投薬されている記録があり、姫子の発作の酷さが分かる。だが驚いたことに姫子の検査結果からは、処方されているテオフィリンが検出されなかった。姫子の発作にはテオフィリンや他の薬を飲んでいないという疑いが出てきた。

製薬会社の営業担当の灰崎と病院で出くわした諏訪野は、姫子の個人情報は隠して薬手帳を灰崎に見てもらう。灰崎によると8歳の子に対して最高量が投与されており、急に投薬を止めると喘息の大発作や重積発作を起こすリスクがあるという。諏訪野が姫子に尋ねると、薬はいつも両親から貰って飲んでいると返ってきた。見舞いに来た母親にも尋ねると、朝は母親、夜は父親が薬の管理をしているが発作が起きた日の数日間は父親が管理していたらしい。

姫子の同級生らが見舞いに来て手紙などを置いてったのを、預かった看護師から諏訪野に託された。そこには「姫子ちゃんへ」「姫ちゃんへ」「シンデレラちゃんへ」などと宛名が書かれている。幼稚園からの友達からはシンデレラちゃんと呼ばれているらしい。再び姫子が喘息発作を起こした。急いで処置をして症状は治まったが、検査結果を見た諏訪野と志村は驚く。病院でも処方したテオフィリンがまたもや検出されなかったのだ。寝ている姫子を起こさないようゴミ箱を覗いた諏訪野は、捨てられている錠剤を発見した。

シンデレラちゃんという言葉から両親との関係がうまくいっていないのではないかと疑った諏訪野が姫子にさりげなく問うと、母親のことは大好きだと屈託ない返事がある。お父さんのことは母親程の勢いはなかったものの、好きだと言うのに不自然さはない。パパ大好きと元気に答える姫子は、明日家に帰らなければいけないのかと心配していた。退院が延びる旨を伝えると表情が明るくなる。

もし両親がわざと薬を与えていないのであれば姫子に対する虐待の一種とみなして通報しなくてはならない。被害者が子どもの場合、自分が虐待を受けていることに気づかないため相手を嫌うこともない。志村が硬い表情で医療ネグレクトの電話をかけるのを、諏訪野が制した。姫子宛の友達からの手紙……誰が何のために薬を捨てたのかが分かったのだ。

 

姫井姫子という「姫」が重なる名前、シンデレラちゃんというニックネーム、1年前から再び起き始めた発作などから、諏訪野は姫子の両親が1年前に再婚したことに思い至りました。姫子は母親の連れ子だけど今の父親との関係も良好、それなのに発作を起こしたのは入院してまで会いたい人がいたから……と見事な推理でした。

胸に噓を秘めて

専攻する科を決めるまで1ヶ月と期限が迫っているものの、諏訪野はまだ進む先を決めかねていた。何人かの指導医から内科向きとアドバイスを受け方向は決まったが、内科も臓器別にいくつか専門に分かれている。現在の指導医・循環器内科の上林からは、うちはやりがいがあると言われる。

上林の担当患者の一人が、厳重なセキュリティーシステムと守秘義務に守られているVIPルームに入院中の四十住絵理だった。拡張型心筋症の絵理のそばには横溝という気が強い女性が付いている。絵理の顔を見て諏訪野は納得した。絵理はかつての人気女優・愛原絵理だった。絵理はアメリカの病院で移植を受けるための準備を独自にしており、この病院には治療ではなく症状を保つためだけにいるという。絵理には母親と腎不全で透析をして妹がいるが、折り合いが悪いといい彼女らとの面会を拒絶していた。

どこから漏れたのか絵里の入院がマスコミにすっぱ抜かれた。憤り犯人捜しをするマネージャーの横溝とは裏腹に、母親と妹による情報漏洩の可能性を挙げる絵理は冷静だった。事務所の社長が急遽記者会見を開き、難病に冒された絵里を悲劇のヒロインに仕立て上げると、渡米しての移植に多額の資金が必要だと募金を募り始めた。たちまち批判の的となるものの募金は順調に集まっているらしい。あまりの手際と準備の良さに漏洩元は社長ではないかと諏訪野は疑う。また集めた募金の使い道について疑問を抱くが、第三者団体が管理するため社長が勝手に手をつけることができず、また絵理に何かあり必要なくなった時には、集めた金は全て小児心臓病を研究する団体に寄付するという規約があった。

面会に来た母親を独断でVIPルームに入れた諏訪野は、母親から絵理は本当は優しい子なのだと聞く。母子家庭で経済的に厳しいところに妹の持病がある。絵理は家族を助けるために芸能界に入ったものの目に見えて疲弊していった。母親は自分たちのために絵里が病気になったと泣いていた。

絵理の病気に続き社長の悪質な横領や脱税がマスコミに流れたことから、諏訪野は情報源が横溝だと突き止める。全ては絵里のために社長を使って金を集め、頃合いを見て社長を追い落としたことを横溝は認めた。ちょうどその頃、諏訪野がアメリカにいる先輩に頼んで調べていた結果が届く。絵理の渡米の手続きなど何一つ進んでいないどころか、転院先だと聞いていた病院は外国人の移植希望者の受入自体をしていなかった。絵理と横溝は多額の募金を集めておきながら移植をするつもりがない。いったいなぜなのか。今まで見てきたこと、聞いてきた話など様々な情報をかき集め、ようやく諏訪野は絵理の考えに思い至り、絵理と二人きりで話をすることにした。

絵理には大きな目的があった。そのために女優である自分自身を利用して金を集めた。母親や妹と会わなかったのも、会えば決心が鈍るからだった。絵理は諏訪野が循環器内科に進んで担当になってくれるなら治療を頑張るといい、あるお願いをした。

数週間後、絵理の容態が急変し脳死状態に陥った。横溝は絵理から預かっていた臓器提供意思表示カードを出し、絵理の母親も娘の意思を尊重した。諏訪野も絵理から預かった手紙を母親に渡す。そして脳死判定前、絵理の最後の願いである妹への生体腎移植を行った。正式に脳死判定を受けた絵理の体が臓器摘出のため手術室へ運ばれるのを見送った諏訪野は、指導医の上林にどの科へ行くのか決めたと告げた。

4月1日、2年間の研修医生活を終えた諏訪野は、循環器内科の扉を開いた。

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諏訪野の活躍によってハッピーエンドが続いていましたが、最終話だけはある意味ではハッピーエンドですが辛い終わり方になってしまいました。とはいえ、絵理との交流を通じ諏訪野がどの科へ進むのか気持ちが決まったのは良かったのかなと思います。