知念実希人『十字架のカルテ』あらすじとネタバレ感想

知念実希人さんの「十字架のカルテ」のあらすじと感想をまとめました。

日本有数の精神鑑定医・影山司に弟子入りした新人医師の弓削凛が主人公となっています。彼女自身が9年前に親友を殺害されるという事件で加害者が無罪になるという経験をしており、最終話にて加害者と直接対峙しています。

どの短編も犯罪者の心の闇を詳らかにしていく過程、明らかになった真実ともに面白く読み応えのある一冊でした。

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「十字架のカルテ」書籍概要

心の闇を暴くミステリーの新境地!罪を犯した本当の理由とは―精神鑑定医・影山司が繰り広げる、究極の頭脳戦。「BOOK」データベースより

  • 十字架のカルテ(2020年3月/小学館)
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闇を覗く

光陵医科大学精神科学講座の准教授で、精神科の専門病院・光陵医大付属雑司ヶ谷病院の院長でもある影山司に助手として弟子入りした新人医師の弓削凛は、早速触法精神障害者の精神鑑定に立ち会うことになった。相手は歌舞伎町無差別通り魔事件の犯人、白松京介。二か月程前、大学生の白松は一人暮らしをしているマンションを出て新宿に向かい、デパートで包丁を盗んだ。気づいた警備員に向かい包丁を振りかざしながら奇声をあげ逃走した白松は、大通りを抜けた広場で映画の公開イベントで集まっていた群衆に襲い掛かって12人の男女を次々と切りつけ、うち4人が命を落とした。送検後の白松の言動が支離滅裂であったこと、昨年から精神科への通院歴があったことから精神鑑定の本鑑定の依頼が影山に来た。

治療のおかげで症状が改善し通常の会話が可能になった白松は、大学生活を送る中で他人から悪口を言われている感じるようになり大学に行けなくなり、そのうちマンションからも出られなくなった。異変に気付いた母親により実家のある地元の病院にかかり症状が改善した。だが怠薬により症状がぶり返すと、東京に大地震が起こるのを大量の血液によって止めようと今回の事件を起こしたと語った。

面談後、凛は影山に問われ、白松は破瓜型統合失調症だと診断した。影山は事件後に撮影されたという白松の部屋の写真を凛に見せる。床が見えないほどに積み重なった空き缶やペットボトル、レトルトの容器、生ゴミなどでゴミ置き場のような状態だったが、平時の白松の部屋は過剰なほど整理整頓されていたらしい。そして犯行当時の様子を撮影していたという動画も見せる。12人を襲った後、白松はあたりを見回しフラフラと歩き始めると名前、大学と所属、実家の住所などの自己紹介を呟いている。影山は何か違和感があると言い、足りない情報を補うため凛を白松の実家がある栃木へと調査にやった。

広大な敷地に建つ豪邸の入口の門には罵詈雑言の落書きや張り紙がされており、家族と会うことはできなかった。白松の主治医に彼が入院治療を受けた経緯を訪ねると、母親から内密に診察してほしいと依頼があったという。この地域に建つたくさんの工場のほとんどが白松家のもので、白松家はこの地域の名士以上の存在、”王”だった。息子が精神疾患だと分かれば父親がとる行動は分かり切っていた為治療は秘密裡に行われた。また白松の発症のきっかけが幼馴染の女性の自殺にショックを受けた事だと分かる。

凛からの報告を受けた影山は、白松との一連の面接でずっと抱いていた違和感の正体について、ようやく一つの仮説に辿り着いたと口にした。その仮説が正しいかどうか確かめるため、影山は精神科医にとっての最大の武器・面接を白松と行うと言い立ち上がった。

 

影山の仮説は的を射ており、白松が企てた事件の本当の目的と心の闇が明らかになりました。どれだけの恨みつらみを抱いていようが、目的達成のために罪のない人間を無差別に殺傷した事は許されることではないです。

母の罪

三か月前の深夜近く、マンションに住む主婦が重い物が落下した音を聞き確認すると、裏庭に乳児を抱えたマンションの住人・横溝美里が体を丸めて呻いているのを見た。美里は骨折したものの命に別状はなし、子どもは助からなかったが、赤ん坊の喉元に異常を見つけた医師が警察に通報、警察に事情を聞かれ赤ん坊の殺害を認めた美里を緊急逮捕した。逮捕後の美里はほとんど話さずコミュニケーションが取れなかったため精神疾患を疑われ、影山に鑑定の依頼がきた。

治療を受け落ち着いた美里は影山達に、母乳から粉ミルクに切り替えた途端に夜泣きが始まりこのままではお金を借りなければならなくなる、子どもに辛い思いをさせる前に死のうと思ったと話す。そして事件の日、悪魔が現れ子どもを殺さないと世界が大変なことになると脅されたと口にした。美里の夫は外科医で忙しく家にいる時間も短いうえ出産直後に職場が変わり引越しを余儀なくされ、実家は遠く離れておりサポートも受けられない。周囲に頼れない状況での育児となった美里を、凛たちは産後うつだと考えた。だが悪魔が現れたという症状から統合失調症も発症していた可能性があった。影山は凛に、現場周辺の写真をできるだけ良い画質でたくさん撮ってくるよう命じた。

マンションの住人から話を聞くことができた凛は、彼女が神経質な住人から夜泣きのクレームを受けていたこと、美里が飛び降りた場所は花壇があり助かる可能性があったことを影山に報告する。美里は産後うつの状態で子どもを殺害してしまったため罪を軽くしようと考え、死なないと分かったうえで飛び降りたとも考えられる。だが「悪魔が現れた」というのは唐突すぎると口にした影山は、翌日再び美里の面会を行うと告げた。だがその日の帰宅前、美里の様子を見に行った凛の目の前で、突然美里が自分の手首を噛み切った。慌てて駆けつける凛に、美里は悪魔に自殺しろと言われたと告げる。彼女が手首を噛み切る前、凛の方を見て笑った気がしたと影山に報告すると、翌日の面接は凛が中心になって行うよう指示される。

美里と面接をし、凛は彼女にある診断をする。そして面接を終え部屋から引き上げる直前、影山が美里に対し告げた一言で様子が一変した。影山は、なぜ美里が悪魔の存在を言いだし始めたのか、その真意を明らかにしていった。

 

産後うつの状態だったとはいえ、何だかやり切れず救いのない話でした。

傷の証言

激務を終えようやく自宅に戻った凛の元に影山から電話が入った。殺人事件の被疑者の鑑定依頼が来たという。迎えに来た影山とともに凛は被疑者のいる目黒署へと向かった。

昼下がりのこと、一軒家に住む主婦・沢井雅恵が部屋の掃除をしていると二階から悲鳴が聞こえてきた。驚いて廊下に出ると書斎から夫も顔を出す。二人で階段をのぼっていくと、息子・一哉の部屋の扉が開き、大学4年生の娘・涼香が弟に刺されたと腹部から血を流しながら助けを求めてきた。涼香は救急車で搬送され、近くの交番から駆け付けてきた警察官に事情を聞かれた一哉は突然大声で叫び警官を殴ったため、公務執行妨害で現行犯逮捕された。涼香の命に別状はなく、手当てを受け入院となった。涼香に話を聞いた刑事らによると、一哉は三年前に高校を中退後自室に引きこもっていた。両親に迷惑をかけないよう仕事を見つけて家を出るよう説教しに行った涼香は、黙って説教を聞いていた一哉が「あんたなんかいなくなればいい」と吐き捨てた涼香に突然激昂し、ぶっ殺してやると叫びナイフを振り上げてきたという。一哉に精神科の受診歴はない。また日本最高峰の大学の法学部所属の涼香は、近々アメリカの大学に留学予定だったという。

一哉の簡易鑑定を依頼された影山が面接を行ったが、一哉の話は要領を得ず事件のことを聞けずじまいだった。その後の意見交換で、一哉は破瓜型の統合失調症という診断を下した凛に影山も同意したが一つだけ腑に落ちない点があるという。一哉の症状はかなり進行しており、事件当時現実を正確に把握できていなかっただろうにも関わらず「ぶっ殺してやる」と叫んで刺した点だ。影山は両親と涼香にも話を聞くと言った。

両親によると一哉はいじめを受けて学校を辞めたというが、学校からはいじめについて否定されたという。この時点ですでに一哉は発症していたと凛は考える。また父親は医者に勧められたにも関わらず、息子が精神病である可能性を受け入れられず受診させていなかった。これにより一哉の症状は悪化していったと考えられる。涼香と一哉の兄弟仲は良くなかったとのことだった。涼香に話を聞くと、引きこもりの弟を嫌悪しており、専門の施設に入院させ一生閉じ込めてほしいと言い切った。

だが事件の詳細を聞いた影山は、今回の事件は涼香の自作自演ではないかと口にする。そして事件の担当刑事に、数か月前に起きたという「涼香に無理やり家から追い出されそうになった一哉が暴れて警察を呼ばれた」件の詳細を調べるよう求めた。

 

調べた事実を持って影山達は再び涼香の元へ行き、彼女の狂言の真意を明らかにしました。今回は救いのある良い話でした。

時の浸蝕

鑑定人として裁判で証言する影山を、いずれは自分もあの場所に立つ日がくると傍聴席から凛は見ていた。被告には小峰博康、アルバイト先の女性・須原真由と彼女の自宅2階で別れ話で揉め、真由の顔を殴打した。勢いよく倒れた真由は机の角に頭を打ち付け死亡、物音で駆け付けた父親に対し、小峰は俺が悪いんじゃない、こんなに強く殴るつもりはなかったと叫んだ。取り調べに対し小峰は悪魔が現れたなどと支離滅裂な事を言いだしたため、影山に鑑定依頼がきた。影山は「事件当時、精神疾患による混乱状態にあったとはいえない」という診断を下し、小峰は懲役8年の判決を受けたがそれを不服として控訴、心神喪失による無罪を主張している。凛は国選だった一審と異なり、かなり有能な弁護士が小峰に付いているのが気になった。影山によると、ほぼ実家から勘当同然の小峰だが、家の名誉のために資産家の実家が雇ったのだろうと言われる。

弁護士は裁判の席で、過去に影山が行った「正常である」と診断された男・堂島が、その後統合失調症の診断がされたことを挙げ、影山の鑑定の信頼性をゆさぶる方法をとってきた。その後弁護側の証人として呼ばれた真由の父親は、事件直後に小峰が叫んだという証言は虚偽だったと言いだした。

お金を積まれて父親は証言を翻したのだろうと予想外の方向に裁判が転がり始めたことを憂える検事と面談をした影山は、弁護士が堂島の診断書をどうやって入手したのか尋ねる。検事は妻だと答え、さらに診断書を書いた精神科医が次回の証人として呼ばれているものの出廷に怯えており、精神鑑定に詳しい人間のアドバイスを受けたいと紹介を希望していることを口にした。その詳しい人間として凛に白羽の矢が立った。

当の医師に話を聞きに行った凛は、堂島が統合失調症で間違いないだろうこと、投薬で症状が劇的に改善したので退院したものの怠薬により二週間で再入院となっていること、すでにそれが4回は繰り返されていることを知る。堂島とも面接した凛は、彼がかなり強い症状が見られることを確認した。だがあれほどの酷い妄想が短いサイクルで改善したり再発していることに引っかかる。凛は、影山の鑑定が間違っていたと言い募る妻と主治医の3人での話し合いの場を設け、堂島が覚醒剤精神病であると診断した。妻と主治医の出廷は取り下げられた。また小峰が事件直後に叫んでいたのを聞いたという近所の住人の証言も得られることになった。

裁判が傷害致死で落ち着きそうだと安堵する凛に、影山が真由の父親を呼んだという。本当に金を積まれ嘘をついたのか、気になる凛の目の前で、真由の父親は小峰が事件当時心神耗弱状態だったと裁判で証言してほしいと頭を下げ始めた。

 

娘を殺された父親の執念の話でした。これもなかなかやりきれない話です。

闇の貌

解離性同一性障害(多重人格)の女・桜庭瑠香子が同僚の女性を刺殺し、自分が殺したのだと思うと通報してきた。瑠香子は事件の事を何一つ覚えていない。気が付いたら友人が血の海の中で倒れており自分も血塗れだったという。瑠香子は9年前、今回と同じくアルバイト仲間だった女子高生を殺害していたが、瑠香子の中にいる別人格の犯行という鑑定がなされ不起訴処分となっていた。事件を担当する検事・小野寺から話を聞きながら、凛は9年前のことを思い出していた。親友の原口美咲を殺害した犯人が目の前にいる。美咲に誘われたにもかかわらず受験勉強を理由に断ったために、彼女は一人で瑠香子の部屋へ行き還らぬ人になった。その時の後悔を凛は今も消すことができず重い十字架を背負い続けていた。

9年前の事件の時、瑠香子が精神鑑定で確認されたもう一つの人格は、彼女の実の父親・桜庭源二だった。源二によるDVで母親は家を出、祖母が亡くなったのを境に中学生の瑠香子は父親から性的な虐待を受け始めていた。その後子どもを妊娠、産みたいという瑠香子に対し源二が暴行を加え結果流産した。性的虐待と流産で心身が限界を迎えた瑠香子は父親を刺殺、逮捕された瑠香子はPTSDの症状が強く、施設で専門的な治療を受け退所時には改善していた。その後夜のアルバイトを始めたことで強いストレスに晒され別の人格・暴力的な父親である源二が生じたと考えられた。9年前の事件後、瑠香子は治療を受け、父親の人格が消滅したのを確認したうえで社会復帰したという。だが再び同じような事件を瑠香子は起こした。今回の事件を起訴まで持っていきたいと検事は影山に精神鑑定を依頼した。

凛は影山について瑠香子の面接に臨む。だが影山がストレスを掛けたにもかかわらず、父親の人格は現れなかった。ストレス以外の条件が人格交代に必要なのかもしれないと影山は口にした。瑠香子と被害者の女性が勤めていた会社で話を聞いた凛は、瑠香子が半年前に問題行動の多い専務の秘書になったことを知る。上司のセクハラで瑠香子の中に再び解離性同一性障害が生じた可能性があった。

瑠香子との二度目の面接時にはアルコールを用意したが、やはり別人格は現れなかった。その晩当直だった凛に瑠香子の様子がおかしいと連絡が入る。様子を見に行った凛は、瑠香子の中の別人格・4歳の桜庭絵里香と話をすることができた。絵里香の母親は瑠香子だという。だが事件について尋ね始めると自分の他にも人格がいることを仄めかし、あの人に消されると怯えて消えてしまった。

瑠香子自身は絵里香の存在を知らないという。源二という別人格が事件を起こしたと凛に指摘されても、自分は何も知らない、悪くないと言うばかりで、思わず凛は美咲のことを持ち出し瑠香子を責めてしまう。凛は9年前の事件の関係者であることを影山に知られ、私情を挟む人間に精神鑑定はできないと言われ、瑠香子の事件から外された。

一度治療によって消された源二は学習し、ずっと瑠香子の中に潜んだまま出てこない。凛が助手から外されたことを知らない検事から、一か月半も鑑定を続けているにも関わらず影山が絵里香以外の別人格を確認できていないことを聞いた凛は、ある意味事件関係者と言える自分なら何か気づくかもしれないと影山に直談判し、事件資料を読ませてもらうよう頼み込む。捜査資料を読みこんでいた凛は、今回の被害者の女性の写真に目を止めた。何か既視感を覚える。違和感の正体を必死に探っていた凛は、あることに気づき15年前に瑠香子が起こした父親殺害事件時の資料をめくった。そして、瑠香子が源二と人格を交代する”鍵”になるものを確信すると、影山には源二の人格を引き出すことはできないが自分にはできると言い、瑠香子と面接をさせてくれるよう頼む。

瑠香子の中から源二の人格を引き出すことに成功した凛は、源二が殺人事件を起こした事、源二が事件を起こすこと自体が瑠香子の意志によるものだったことを動機とともに暴いていった。

 

確かに影山にはできない手法で凛は源二を引き出すことに成功しました。凛によって明らかにされた瑠香子の真意は、まさに心の闇というべき恐ろしいものでした。事件の真相が明らかになり重荷を下ろした凛は、これからも影山の助手を務めることになりました。

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精神鑑定を行い診断を付ける、というのが目的ですが、様々な事象から事件の真相に辿り着き事件解決に至る過程が圧巻です。続編を読みたいのでシリーズ化してほしいです。