降田天『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』あらすじとネタバレ感想

降田天さんの「偽りの春」のあらすじと感想をまとめました。

探偵役は交番の警察官・狩野ですが、どの短編も犯人側目線で話が進むため、狩野の登場は後半のみとなっています。が、鋭い洞察力がいかんなく発揮されているのが分かる短編集です。後半の話になるにつれ、刑事だった狩野がなぜ交番勤務に変わったのかという過去も明らかになっていく読み応えのある構成となっています。

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「偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理」書籍概要

あなたは5回、必ずだまされる。「落としの狩野」と呼ばれた元刑事の狩野雷太。過去を抱えて生きる彼と対峙するのは、一筋縄ではいかない5人の容疑者で…。第71回日本推理作家協会賞短編部門受賞作。「BOOK」データベースより

  • 偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理(2019年4月/KADOKAWA)
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鎖された赤

狭く薄暗い部屋の中に閉じ込めた赤い着物姿の少女を大切に世話する男。いつ見た映像なのか定かではないが、幼い頃のこの光景が僕の欲望の原点であり他の何よりも僕を性的に惹きつけるものだった。20才の時、祖母の再婚相手、一人暮らしをしている血の繋がらない祖父に認知症の症状が出始めたため施設に入れることになり、比較的近くで大学生生活を送っている僕がたまに神倉にある空き家の様子を見に行くことになった。祖父の書斎で見つけた2つの鍵と鍵をまとめるキーホルダーに書かれた4桁の数字。鍵の一つは雑草に囲まれた土蔵のものだった。鍵と暗証番号を使い蔵の中に入った僕は息を飲んだ。土蔵は、赤い着物を着た少女がいた場所だと瞬時に分かったのだ。

それから僕は怪しまれることのないよう月に一度神倉の祖父の家へと通い、少女を迎え入れるため慎重に土蔵の準備を始めた。数か月後ようやく部屋が整った。さらう少女の目星も付けてある。別々のレンタカー会社で車を借り予行練習もやった。決行の日、僕は声をかけた少女に怪しまれることなく車に乗せることに成功した。

幸福の絶頂を感じていた僕に、父から祖父と3人で食事をしようという誘いを受けた。校長まで勤め上げた祖父はたまに「しっかりする」ことはあるものの、そのほとんどはぼんやりとした様子だった。食事を終え施設に祖父を送り届け神倉駅で父の車を降りた僕はがくぜんとした。土蔵の鍵がどこにもないのだ。鍵がなければ土蔵は開かず、少女は水も食事も摂れない。慌てて父親に車の中を探して貰ったり駐車場に落ちてないか見に行ってもらったが見つからない。駅員に問い合わせると交番へ行ってみてはどうかと勧められる。鍵を開ける専門業者へ頼むことも考えたが、少女を監禁した状態ではできない。自力でどうにかできるほど土蔵の鍵は簡単ではなかった。いよいよ切羽詰まった僕は、鍵の落し物が届いていないか交番に尋ねることにした。交番にいたのは、警察官にしては髪の長い表情にも口調にもしまりのない、狩野というヘラヘラした男だった。狩野は「遺失届出書」を書くよう指示しながら、鍵の事や僕自身について尋ねながら、次第に僕を追い詰め犯行を暴いていった。

 

ごく自然に動いていたと思われる”僕”ですが、狩野の目からすると言動は不審者そのものだったようです。その後土蔵を調べた狩野は、「赤い着物を着た少女とその世話をする男」についても解明しました。

偽りの春

朱美と希が金を持って消えたと慌てた様子の和枝から光代に電話があった。金額は一千万円。警察に届けようにもその金は高齢の男性をターゲットにした詐欺で手に入れたものだった。光代が主導している詐欺グループのメンバーは女が四人、男が一人。女は全員が還暦を過ぎている。光代の指示で女三人がターゲットの篭絡をし取れるだけ金をとると、男が現れ破局させる。その際慰謝料や手切れ金と称して更に金を巻き上げるというパターンだった。オロオロしている和枝に指示をし光代は電話を切った。試しに朱美達に電話をかけてみるが着信拒否をされていた。マンションももぬけの殻、2人の行く先の手掛かりはなかった。

光代が住んでいるのは壁の薄い古びたアパートだった。隣室に住む香苗は昼はパチンコ、夜はキャバクラで働き波瑠斗を育てている。最近綺麗になった香苗には古賀という彼氏ができたらしい。帰宅してきた香苗親子と古賀とばったり会った光代は、前々からプレゼントすると約束してたランドセルのカタログを波瑠斗に渡した。長く一人で生きていた光代にとって、仮初とはいえ香苗と波瑠斗は家族のような存在だった。

和枝ともう一人のメンバー雪子と違い、光代は借金もなく蓄えもそこそこあった。2人を切り捨てて新しい土地へ移れるにも関わらず、隣人親子の存在が決断を鈍らせていた。ランドセルを購入したら去ろうと決めた光代だったが、購入時に渡されたメッセージカードを書いてからこの場所と決別しようと日にちを伸ばしカードを持ち帰った。

ある日、今までの事を黙って欲しければ一千万を用意しろという脅迫状がポストに届いた。光代はメンバーに住所を教えていない。差出人は一体何者なのか。さっさと逃げることを考えた光代だったが、波瑠斗のそばにいるためには要求を呑むしかない。光代は自ら金を調達することにし、一千万の現金を仏壇に保管していると本人が公言している家へとヘルパーと偽って入り込んだ。認知症が入っている老人はヘルパーが来ていたことも覚えていないだろう。首尾よく金を鞄に詰めた光代は家を出ると停留所でバスを待った。そこにやってきたパトカーから警察官らが出てくると、具合が悪そうにしている光代に家まで送ると申し出てくる。固辞する光代だったが結局パトカーで家まで送ってもらうことになった。狩野という警察官は、雑談がてら光代のことを色々尋ねてくる。次第に追い詰められていった光代は、ある決定的な証拠を眼前に突き出され、とうとう窃盗を認め自首した。

 

交番のお巡りさんならではの視点からの推理でした。脅迫状の差出人も意外な人物で、全国各地で詐欺を働いてきた光代も老いには勝てなかったようです。

名前のない薔薇

事故に遭って入院した母の病室に淡い紫色の珍しい薔薇が飾られていた。浜本理恵という看護師の庭に咲いているもので薔薇は父親の趣味だという。若く美人の理恵になぜか好意を寄せられるが、年も離れていてまともな職に就いたことがなく逮捕歴のある自分には不釣り合いだと距離を置くため、祥吾は己が泥棒であることを告白する。信じない理恵に泥棒だと証明するため、彼女の依頼である薔薇愛好家の家から薔薇を盗み出すと祥吾は地元を離れた。

その後民家で金を盗んで逮捕され余罪と合わせて4年の刑を終えた祥吾は、理恵が「美人すぎる園芸家」として有名になっていることを知った。彼女が生み出した新種の薔薇をきっかけに注目され始めた理恵は看護師を辞めタレントのようなことをしている。理恵の家を訪ねると彼女は祥吾のことを恩人だと言い再会を喜んだ。理恵の作ったという薔薇は祥吾が薔薇愛好家の庭から盗み出したものだった。彼女によると、薔薇の品種登録には出願料や登録料がかかるため愛好家は新種の申請をしておらず、祥吾の盗んだものは名前のない薔薇だった。売れない薔薇に登録料を払い続けるのは負担のため、名前のない薔薇やこの世から消えていく薔薇はいくつもあるらしい。病室に飾られていた紫色の薔薇も理恵の父親が作った名前のない薔薇だった。

理恵自身も新種を生み出しているものの人気が出ていない。園芸家としての活動に行き詰まりを感じていた彼女は、祥吾に再びある薔薇を盗み出してほしいと依頼してくる。薔薇の持ち主よりも、顔の売れている自分がその薔薇を世に出す方が薔薇にとっても幸せだと口にして憚らない彼女は祥吾が知っている理恵ではなくなっていた。いったんは断ったものの、数日後の深夜、祥吾はある家に庭先から薔薇を切り取った。

祥吾から受け取った薔薇を接ぎ木し大切に育てている理恵の所に、神倉駅前交番の狩野と月岡が訪ねてきた。理恵がカメラの前でしか使わない海外ブランドの特注品の剪定鋏が、落とし物として届けらたという。祥吾が理恵の家から持ち出し、わざと盗んだ先の庭に置いていったものに違いない。どうにかごまかそうとする理恵だったが、狩野の話術にはまり次第に追い詰められていった。

 

最終的にはハッピーエンドに落ち着いた話でした。

見知らぬ親友

神倉美術大学に通う美穂には、夏希という親友がいる。だが周囲が思っている通りの仲ではなく我儘な夏希に美穂が合わせているだけ。大学に通うお金を稼ぐためピンクサロンでバイトしていた美穂は、運悪く夏希に見つかってしまった。夏希は誰にも言わないからと約束してくれたが美穂は信じていなかった。父親が県議会議員をしている夏希はいわゆるお嬢様で、美大への進学を親に反対され学費や生活費を稼ぐのに必死な美穂と違い、全面的に家族のバックアップを受け良いところに就職も決まっている。マンションで一人暮らしは不安だからという夏希の願いで美穂は同居を始めた。家賃はいらないといわれ夜のバイトをする必要もなくなり美穂の生活はだいぶ楽になったものの、いつも夏希の我儘に振り回され我慢の日々だった。気になっている彫刻科の梨本のことを、美穂には合わないからやめた方がいいと余計な忠告までしてきた。

美穂と夏希には、吉田一沙という仲のいい学生がいた。全員専攻科は違うがよくつるんでいる。一沙は一言でいえば「不思議ちゃん」だった。だが油絵の才能は、美穂が初めて知る同世代の天才だった。一沙は油絵科の教授・羽瀬倉教授に心酔しておりこれから取り掛かる卒業制作も「私と先生の愛の結晶」だと言う。計画的に卒業制作に取り掛かっていた美穂と違い、夏希はぎりぎりになってもテーマが決まらず、最後には美穂に手伝ってほしいと言いだした。いかにも申し訳なさそうに頼む夏希に対し、断れない美穂はイライラが募り、美穂が自力で決めたと思っていた大手企業への就職も夏希の父親の口利きが会ったからだと知った美穂の我慢は限界に達した。美穂はこっそり夏希のスマホのスケジュールをアプリを立ち上げると、夏希が卒業制作展でパフォーマンスをする1月11日の午前9時に「殺す」と通知が現れるようセットした。発表直前に動揺させパフォーマンスが無茶苦茶になればいいという嫌がらせのつもりだった。

美穂の年越しはひたすらマンションでの卒業制作に費やされた。初詣に行くと言っていた夏希もおらず穏やかな新年のスタートが切れた。元旦の夜、夏希の母親から着信があった。夏希が駅のホームから転落して大けがをしたという。急いで病室に駆け付けると、命に別状はないものの顔にも大けがを負った夏希の姿をスケッチする一沙がいた。彼女の感覚は美穂には理解できない。いたたまれなくなり病院を出ようとした美穂に、最近夏希の周辺に不審なことが起きていなかったかと刑事が声をかけてきた。転落前にスマホを見ている夏希が防犯カメラに映っており、周囲の証言によると「殺す」という文字が表示されていたという。夏希は誰かに突き落とされた可能性が高いらしい。

マンションに戻った美穂は、1月11日と指定したはずの音声入力が、1月1日とアプリに認識されていたことを知る。卒業制作に集中したいためうるさく話しかけてくる美穂の食べ物に睡眠薬も入れた。そのせいで夏希は意識がぼんやりとしている中ホームで「殺す」の文字を見つけ誰かにぶつかってホームから転落したに違いない。1月1日、美穂は何もしていない。だが夏希が事故に遭ったのは美穂のせいだった。生きた心地がしないまま過ごしていた美穂のマンションに、狩野と刑事が訪ねてきた。狩野達は美穂の過去のバイトの事も調べており、美穂が夏希のアプリに「殺す」という文字を仕込んだことや睡眠薬を飲ませたことを白状させ美穂を追い詰めていったものの、彼女のある言葉をきっかけに美穂を容疑者から外した。

 

犯人によって夏希は本当にホームに突き落とされていました。夏希と本音を話し合った美穂は、夏希の言動が美穂の弱みを握っていいように使うためではなく、本当に美穂のことを親友だと思っての行動だったと知ることになります。そして1月11日の前夜、一沙が泊まり込んで使っていた大学のアトリエが燃えて一沙は焼け死に、羽瀬倉教授が逮捕されました。

サロメの遺言

人気ライトノベル作家・高木カギのすぐそば、テーブルには突っ伏したエミリの姿があった。首筋を確認すると間違いなく死んでいる。高木は殺人犯が殺害現場でやるべきリストを頭に浮かべると実行に移した。凶器を回収しグラスを洗って床を掃除し、エミリのスマホからSNSに遺書めいた文言を投稿する。最後に本棚の隙間に隠しておいた小型カメラを回収しようとして手が本にひっかかった。雪崩のように床に落ちていった本を棚に戻しカメラをポケットに入れる。ポケットには青酸カリの残りがすでに回収してあった。エミリのマンションを出た高木は公衆電話で二季に電話を掛けた。話を聞き終え自分は裏切らないと請け負う彼女のもとに高木は荷物を発送した。

男女2人組の刑事が高木のもとを訪れた。声優の詩森エミリこと森田えみりが自殺した事件で、彼女と親交のある高木に話を聞きに来たのだ。27の若さで作家として成功し高級マンションに居を構える高木は部屋に刑事達を通す。フィギュアを並べた専用ケースの隣には女性の両腕をかたどったかなりリアルな石膏像がある。父親から譲り受けたもので「サロメ」というタイトルがついていた。刑事らに高木はエミリと付き合っていたがすでに終わっていること、声優として伸び悩んでいたエミリがつい先頃高木のアニメ化する作品の主役に自分を推してほしいとしつこく迫っていたことを話す。そして事件当日、エミリの正体で彼女の部屋で話しをしたことも話した。エミリの要求に頷かなかった高木に対し彼女はかなり落ち込んでいたので、それが自殺の引き金になったのではないかと高木は言った。それから一週間ほどが経ち、突然大勢の捜査員が令状を持って家宅捜索にやってくると、トイレタンクの裏に隠してた青酸カリを発見し、高木は殺人事件の被疑者となった。

取調室で高木は黙秘を通した。そんな高木に対し刑事は父親の羽瀬倉が逮捕された事件を持ち出してくる。5年前、高木の父親は神倉美術大学で指導してた学生・吉田一沙を殺害しアトリエごと燃やした罪で逮捕されていた。黙秘を続け物的証拠も出なかったため状況証拠のみによる逮捕だった。苛烈な取り調べにより、父親は留置場で自殺した。殺人犯の息子として指を刺される高木は就職を諦め、ペンネームで活動できる小説家になった。父親の事件を蒸し返す刑事に対し、高木は神奈川県警の元刑事で、神倉駅前交番にいる狩野を呼べと要求した。狩野は、父親を自殺に追い込んだ刑事だった。

やってきたのは狩野の代理だという月岡という警察官だった。狩野以外には黙秘を続けると言いながらも高木は月岡と事件について話を続け、エミリが高木の父親の事件を調べ上げ脅迫してきた時には殺意を覚えたと告白する。その後は再び黙秘を続ける高木に対し、少しずつ殺人の状況証拠が積みあがっていく。起訴される日も近いと高木は感じた。

翌日の取調室に狩野が姿を現すと、高木が犯人だと指摘する。だが殺人罪ではなく業務妨害罪の犯人だという。そして狩野は高木の真の狙いを暴いていった。

 

狩野の過去について明らかになる話でした。高木の父親が自殺した事件は家族にも刑事側にも大きな傷となっていました。また「見知らぬ親友」の最後に出てきた一沙の死の真相もこちらの短編で明らかになりました。

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犯人側の視点で話が進むのでダメだと頭では分かっていつつも、つい犯人側に感情移入してしまいました。それぞれの短編が独立した事件を扱っていてそれだけで楽しめるのですが、5作品を通して読むと狩野のストーリーも加わり不思議な読後感に包まれました。過去についてはいったんケリがついた形となったので、今後の交番での事件(続編)も読みたいです。