伊井圭『啄木鳥探偵處(きつつきたんていどころ)』あらすじとネタバレ感想

伊井圭さんの「啄木鳥探偵處」のあらすじと感想をまとめました。

石川啄木を探偵に、金田一京助を助手に据えたミステリー短編集で、2020年春にTVアニメ化するのを知り興味を持ちました。

オカルトか幻想ミステリー系かなと思っていましたが、ちゃんと(?)人の手が起こした事件ばかりで面白かったです。

「啄木鳥探偵處(きつつきたんていどころ)」書籍概要

  • 啄木鳥探偵處(1995年5月/創元クライム・クラブ)
  • 啄木鳥探偵處(2008年11月/創元推理文庫)
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高塔奇譚

雨が止んだからと石川啄木に呼び出され金田一は、浅草にある興行施設・凌雲閣に付き合わされていた。8月中旬頃に幽霊が出るという新聞記事が1社から書かれ始めて以降、9月に入ってからは各社もこぞって幽霊記事を書きだしたため、幽霊を恐れ夜の凌雲閣は人が少なくなり、大道芸人たちのところへ客足が戻っていた。目の前にそびえる巨大な塔……凌雲閣を見上げた金田一は、10階部分の壁面にゆらゆらとうごめく髪の長い女性の姿を見た。

カフェで山岡という男に声を掛けられた。山岡は幽霊記事をいち早く書き始めた記者だったが8月末で新聞社を退職し凌雲閣の隣の生き人形のパノラマを興行する会社に転職していた。幽霊騒ぎで人がいなくなり迷惑しているという。

啄木の家に幽霊騒動の解決を依頼した男がいた。浅草の顔役だという六郎は、凌雲閣などの建物内で活動写真を始めとしたさまざまな興行が活発になり、客を取られ稼げなくなった大道芸人たちの仕業に違いないという。その後の啄木の調べで、山岡が書いた記事とそれ以外の記事とで違いが見つかった。山岡は天気に関係なく幽霊記事を書いていたが、それ以外は雨の日は申し合わせたように幽霊記事が書かれていない。つまり幽霊騒動は山岡が起こしたもので、その裏付けになるかもしれないと言って啄木は幻燈技師の松吉と会うことになった。

だが松吉に会うために歩き始めた2人のあとを尾行する人物がいた。足音から足が不自由な人間らしい。雑踏に紛れて尾行を撒いた2人だったが、興行街が近づいた頃人が死んでいるという大声が上がった。松吉だった。松吉の右足は義足で懐に新聞記事を持っていた。日付は山岡が新聞に幽霊騒動を初めて載せた日で、雑木林で女性の絞殺体が見つかったというものだった。女性は「喉の月」という言葉を残して息絶えたという。記事を読んだ啄木は、やっと幽霊騒動の正体の糸口が掴めたと言った。

 

女性が殺された事件、日を同じくして幽霊騒動が新聞記事に乗り始めそれを書いた記者が新聞社を退職したこと、その後に別の新聞社も幽霊記事を書き始めたこと、殺された松吉が持っていた記事とすべてが一つに繋がっていましたが、女性と松吉を殺した人物と幽霊騒動を起こした人物は別人でした。前者の動機は口封じ、後者は犯人を見つけ出すためでした。2人を尾行していたのは、松吉を装った犯人の仕業でした。

忍冬(すいかずら)

生活費のために副業の探偵を始めた啄木だったが、「一握の砂」が刊行され懐に余裕はあるらしい。だが呼び出されて啄木のところへ行ってみると探偵の依頼が入ったのだという。見せられた記事は、人気役者の乙次郎が殺され事件を通報した結城千若が自首をしたというものだった。乙次郎は首をザクロのように切られていた。そばには「金銀花」という名の人形が転がっており口元を赤く染めていた。まるで金銀花が乙次郎の首をかみ切ったかのようだった。

依頼人は千若の無実を訴える恋人の季久。金銀花は人形師田村鶴八の作ったカラクリ人形で素晴らしい出来栄えだった。乙次郎は金銀花に惚れ毎日小屋に通っていた。そのうち人形が魂を持ったという噂が流れ始めた。実際に水忍をあしらった着物の金銀花が街を歩く姿を見たという目撃情報もあがり、季久自身も見たという。魂を持った金銀花は夜な夜な小屋を出て、とうとう乙次郎の家に行き心中した。そこに朝稽古にこない乙次郎を心配した千若が様子を見に行き死体を発見し、なぜか自首までしてしまった。千若を助けるため、啄木と金田一は事件を調べることになった。

木戸番(金銭授受する受付係のようなもの)の男から話を聞いた。たしかに乙次郎は毎日小屋に通っていた。だが金銀花に墨を掛けられ休業を余儀なくされた期間があった。修復され興行が再開したあと乙次郎も姿を見せたが、その日以降ぱったりと来なくなったという。また最近新吉という若手の人形師が小屋のお抱えになったらしく態度が大きくなり気に入らないことも聞いた。

病弱な啄木に代わり田村鶴八について聞き込みを行った金田一は、彼が弟子入り先の田村家の娘と恋に落ちたものの彼女の自殺以降人嫌いになり独身を通していること、金銀花の製作を依頼され作ったものの延期を申し出たが受け入れられず無理やり小屋に金銀花を持っていかれたこと、金銀花の評判が高いが鶴八は沈んだ様子だったこと、ある日突然失踪し今に至るまで消息が不明なことなどを報告した。また人気役者の音次郎と千若が男色関係にあったという噂があり、乙次郎自体の評判はお金に卑しいなど非常に悪かったことなども分かった。

金田一が調べた内容や金銀花の目撃情報などから啄木は金田一を花屋敷に誘う。待ち合わせた夜、普通に白っぽい恰好でやってきた金田一に対し、啄木は全身黒い服装をしていた。これから殺人鬼がやってくるので目立たない恰好で来たのだという。啄木に言われ隠れていた金田一の目の前で、刃物を持った殺人鬼らしき人物が啄木に襲い掛かっている。必死の思いで大声で警察を呼んだあと金田一は意識を失った。

 

探偵に振り回される役が板についている金田一先生でした。目を覚ました後、季久とともに事件の真相について啄木から話を聞きます。乙次郎を殺した人物とは別に死後に細工を施した人物などもおり、結果的に人形に殺されたような現場が出来上がっていました。

鳥人

榊樹神という奇術師が墨田堤を飛ぶ姿を、撒かれたビラを見て集まった人々とともに金田一と啄木は目の当たりにした。感嘆する金田一だったが啄木は何かトリックがあるといい黒いロープを探したが見つからなかった。またその後も榊が飛んだという噂が人々の間を流れていた。

体を壊して生活費もままならくなり稼がなければならないという啄木の巧みな誘導で探偵の手伝いのため幸楽座の座長に会うことになった金田一は、啄木との待ち合わせ場所で危ない運転をする自動車を目撃した。この時代に自動車を持てるのはよほど羽振りが良くなければならない。座長の依頼は、榊の不調の原因を探ってほしいというものだった。

鳥人として一躍名を挙げた榊は次の興行を控えていた。だが舞台の練習中にも頻繁に失敗し、沈み込んでいる様子だという。座長が問い詰めると芸の行き詰まりを感じているという。また分身が待つ黄泉の国まで飛べという脅迫めいた文章も受け取っていた。榊に会うために家へと向かったが留守だった。浅草の遊興地区へと足を向けたところ騒ぎが起きていた。電線に絡まり首が締まった状態でぶら下がっている榊がいた。すでに息絶えており、飛ぶ練習をしている最中の事故だと皆は口々に言っていた。事故死として片付いたものの啄木は納得していなかった。

榊の過去を調べると大阪から出てきたらしい。大阪時代は瞬間移動を得意としていた。また同じ幸楽座の芳子を巡って後輩と取り合って折り合いが悪かったこと、芳子の登場で花屋敷に勤務する清乃との関係に歪みが出ていたことが分かった。啄木は鳥人のトリックが分かったという。榊は飛んだのではなく、飛んだように見せかけられていたのだという。

啄木と金田一は榊の恋人だという清乃の元を訪れた。ショートカットの真っ赤なワンピースの清乃、それは荒い運転をしていた自動車の助手席に座っていた女性だった。

 

ビラによって集められた人たちの前で自由に飛び回っていた榊でしたが、もちろんそれはトリックで犯人たちによる榊を事故死に見せかけて殺すための伏線でした。大阪時代の悪行を東京で清算させられたという事件でした。

逢魔が刻

床に就いた啄木を見舞った金田一は、彼の口車に乗せられて代理で依頼人に話を聞きに行くことになってしまった。ここのところ続けて4件の赤子の誘拐事件が起きており4件ともが2~3日ほどで無事に戻ってきている。だが5件目の成田屋の子どもだけは2か月経つ今も戻ってこないらしい。誘拐された家の屋号をくっつけると「ウラミハラスナリ」となることから、啄木は成田屋に恨みを持つ何者かの犯行ではないかと考えていた。

成田屋に身代金を要求する手紙が届いた。受渡し現場を張っていた金田一は運良く犯人を捕まえたものの、誘拐犯ではなく便乗犯の仕業で子どもの行方は分からずじまい。便乗犯は成田屋のことを知っており、成田屋にはかつて囲っていた女がいたことを教えてくれた。だが自分の妻に子どもが出来たことを知り金にものを言わせて無理やり関係を断ち切った。捨てられた女は子どもを宿しており、風の噂ではアメ屋の男と暮らしているという。貴重な情報を得たと喜んだ金田一だったが、成田屋へ行くと何故か子どもは戻っており、金田一は感謝された。

依頼の報酬を届けに啄木の元を訪れた金田一は、ある新聞記事を渡された。飴職人が刺殺されたという内容だった。無事に解決した誘拐事件だったが、啄木は探偵の仕事は今始まったと言い、金田一に一緒に成田屋へ行ってほしいと頼んだ。

 

立て続けに起きていた誘拐事件は、啄木の見立て通り成田屋に恨みを持つ人間の仕業でした。本妻と妾が同じような時期に赤ん坊を生むと、だいたい似たような事件が起こるものなんでしょうかね。10か月近く子どもを育てていてトリックに気づかない成田屋夫妻に疑問を感じました。

魔窟の女

啄木が亡くなって11回目の春が来た。彼の死を悼みつつ思いを馳せる金田一は、彼が生活費を稼ぐ副業として探偵を始めたのには、もう一つきっかけになる事件があったのではないかと思う。それはある少年によって金田一にかけられた殺人の疑いを目の前で晴らされたから。

当時啄木と金田一は同じ部屋で暮らしていた。金のない啄木を金田一が引き受けていたのだ。ある日、売り言葉に買い言葉で啄木と一緒に私娼窟・華ノ屋へと行くことになってしまった。気が乗らない金田一だったが、常連客らしい啄木は女将と親しそうに「やっと連れてこられた」などと会話している。華ノ屋へと来る途中に寄った飲食店でも見かけた少年をここでも見たが、金田一に心当たりはなかった。

金田一にはおたきという少女がついたが、彼女とはキスをしたくらいで30分ほど滞在して華ノ屋を後にした。その3時間ほどあと、おたきの遺体が見つかった。護身用の匕首で喉を突いており”十”という血文字が残されていた。女将によるとおたきの最後の客は金田一だといい、部屋に金田一の上着とノートが残されていた。また事件の直前だと思われる時間、啄木がおたきの部屋にいる金田一の上着姿を見たと証言していた。上着は金田一が忘れていったもので、ノートは啄木の書いているローマ字日記だった。

戻ってきた啄木と金田一が互いに殺人の罪を押し付け合う中、少年が訪ねてきた。事件のあった日、ずっと2人の跡をつけていたのだという少年は、事件の真相が分かるという。ある挙動不審な女性を気にして様子を伺っていたという少年は、女性は金田一たちの部屋の前に来たものの結局逃げるように帰っていったという。事件の前の日のことだった。それで気になった少年は2人の跡をつけたらしく、それを2人に伝えていれば女性は死なずに済んだのかもしれないという。

少年はおたきの首の傷がついた側と2人の利き腕から、2人ともが犯人ではないといい事件について話していった。また動機についても推理してみせる。おそらく少年の語るものが真相だろうと思われた。金田一は感嘆し、啄木は記念として彼が持っていた二銭銅貨を少年に投げ渡した。

 

探偵を始めるきっかけとなった事件は、目の前で別の人間に事件を解かれた敗北感からなるものでした。少年の正体は明らかにされていませんが、読みながら何となく小林少年を思い浮かべたこと、二銭銅貨がアイテムとして登場したことなどから、おそらく江戸川乱歩ではないかと思われます。

 

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探偵役の啄木が本文中で亡くなり十数年が経過していること、作家さん自身も鬼籍の人であることから続編は望めそうもないのが残念です。

時代がかった設定で背景を理解するのが大変ですが、面白い短編集でした。