中山七里「ヒポクラテスの誓い」あらすじとネタバレ感想まとめ

多岐に渡るジャンル(業界)でミステリーを書かれている中山七里さんの著書の中でも、「ヒポクラテス」シリーズは上位を争うほど好きなシリーズです。

舞台は法医学。短編ばかりなので、法医学に馴染みのない人でもさくさく読めるシリーズだと思います。何より主人公・真琴のボスである「光崎藤次郎」教授のキャラクターが素晴らしいので、ぜひ手に取って読んでほしい一冊です。

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「ヒポクラテスの誓い」書籍概要

法医学を舞台にしたミステリーで、「生者と死者」「加害者と被害者」「監察医と法医学者」「母と娘」「背約と誓約」という5つの短編(事件)を通して、1つの大きな事件を解決する構成となっている。

  • ヒポクラテスの誓い(2015年5月/祥伝社)
  • ヒポクラテスの誓い(2016年6月/祥伝社文庫)

浦和医大に勤める研修医で臨床医を希望している栂野真琴(つがのまこと)は、単位のため内科の津久場教授のアドバイスで法医学教室へ入ることになった。その教室には傍若無人を絵に描いたような解剖医の権威・光崎藤次郎教授と、死体が大好きだと公言する准教授のキャシー・ペンドルトンという一癖も二癖もある2人がいた。

「使用期間」として法医学教室で働くことを認められた真琴たちのもとに、さっそく埼玉県警から解剖の要請がきた。

1.生者と死者

被害者は建設会社社長の峰岸透、54歳。昨晩泥酔したうえで河川敷で眠り込み、そのまま凍死したものと思われた。当初は事故として処理される予定が、埼玉県警の古手川和也の独断と光崎の横やりで解剖に回されることになった。古手川の調べで被害者は節酒を心がけていたこと、元同級生で現在も友人づきあいのある2人の男性と昨晩バーで飲んでいたこと、その2人に金を貸していたこと、膀胱炎の既往症があったことなどが分かった。また解剖でバーで飲んでいた酒と体内から検出された酒の種類が違うことが判明し、気管から何かの粉末のような微物が見つかった。

 

学生時代、犯人と被害者はいじめる側といじめられる側でした。いじめられる側だった峰岸が会社を興して成功し、いじめる側だった人間は地元で細々と暮らし借金までする。わだかまりなく友人づきあいをしているようで、内心ではお互いに鬱屈したものを抱えていました。それが爆発した結果、今回の事件となったようです。犯人を落とす決め手は気管に張り付いていた微物でした。解剖で見つからなかったら事故死として処理されていた案件を、勘で解剖を要請うする古手川刑事は、さすが修羅場(「連続殺人鬼カエル男」「連続殺人鬼カエル男ふたたび」など)をくぐっているだけありますね。

短編なので話自体は短くすぐに読み終わってしまいますが、光崎教授の個性がこれでもかというくらい爆発していました。口は悪いのですが言っている内容は筋が通っていて、読んでいて胸がすくような気がしてすっきりします。

また今回の事件が、最終話での大きな事件のきっかけとなりました。

2.加害者と被害者

9歳の篠田凪沙から、事故で死んだ人を解剖してほしいと電話がかかってきた。常に安全運転を心がけていた父親が人身事故を起こしたのが信じられないのだという。彼女の話を聞くため大宮東署へ出向いた真琴とキャシーは県警の古手川と出会う。遺族から解剖を拒絶された3人だったが、光崎が解剖を希望したため強引な手段でご遺体を浦和医大へと運んだ。自分の見立てを侮辱されたと抗議に乗り込んできた検視官の鷲見も交え、光崎の解剖がはじまり被害者の本当の死因が判明する。

 

古手川の持参した実況見分調書で被害者に既往症があることが分かり、光崎は解剖を希望しました。大宮東署で古手川と会ったのも偶然ではなく、光崎から死亡理由は問わず既往症のある遺体があれば連絡しろという指示を受けていたためでした。

解剖しなければよくある事故の一つとして処理され、加害者側が不幸になっていたことを考えると、解剖の重要性を思わせられる話でした。

3.監察医と法医学者

競艇のレースで事故が起こった。生中継されている中、選手の真山がコースを大きく外れて防波堤に激突し死亡、ボートも大破する大事故だった。都内で発生した事故ですでに司法解剖も終えているにも関わらず、解剖報告書を見た光崎が興味を示す。光崎の指示で遺族の元へ遺体の検分に訪れた3人は、行われている筈の解剖の痕跡がないことに驚愕する。管轄は東京だが遺族の希望と一致したこともあり、浦和医大で改めて解剖を実施することになった。

 

ほとんどボランティアで解剖を引き受けている医師が、手続きの簡素化のためと嘯きながら行ってもいない解剖をやったかのように調書を作成したものでした。規則に反しても罰則はないとまるで悪びれる様子もないふてぶてしいこの監察医を、光崎が一刀両断するのはスカッとしました。解剖で分かったのは事故を起こす原因となった体の変異だけですが、それに真山を取り巻く環境などを加味して事件の真相を推理していく過程は、シンプルですが王道の法医学ミステリーといった感じでした。

4.母と娘

マイコプラズマ肺炎で長期の自宅療養をしている真琴の親友・柏木裕子の容態が急変し、搬送先の浦和医大で亡くなった。医療従事者なのに親友を救えなかった自身の絶望に加え、母子家庭でたった一人の娘を失った母親の悲しみを思うと病理解剖を希望しないのも頷けるという真琴に対し、光崎は遺族から解剖の許可を取ってこいと命じる。裕子の担当医の津久場教授の反発や遺族の拒絶にあい解剖ができないかに思われたが、裕子の自宅で見つかった薬の服用について疑問を持ったキャシーの機転により、司法解剖に回されることになった。

 

今回は、身分や性別、貧富の差などで患者を区別しないというヒポクラテスの誓いが、身内が患者(死者)となった場合の心の在り方を問う話のように思えました。患者が全くの第三者だと冷静にできる対応が、身近な人間が患者となった場合も同じように解剖できるかどうか。この事件を通して、真琴が成長したように思います。

解剖の結果、裕子の本当の死因はマイコプラズマ肺炎でないことが判明しましたが、表に出てくる症状が似通っていると本当の病名にたどり着くのは難しそうです。扱っているのは法医学ですが、現実世界のお医者さんの大変さを思わせられる話でした。

5.背約と誓約

真琴は恩師の津久場教授から、正式な要請もないのに光崎の執刀した案件が20件を超えていると伝えられた。大学の予算を圧迫する光崎について探りをいれるため、津久場教授の依頼で法医学教室へと送り込まれた真琴だったが、光崎に対する敬意は本物で法医学に興味も持ち始めている。古巣の内科病棟には、臨床医希望だった真琴が初めて担当した10才の紗雪がいた。腹膜炎が再発しての入院だった。紗雪の元気な様子に安心した真琴だったが、2日後に容体が急変し紗雪は亡くなってしまう。彼女のカルテを確認しようとしたが見つからず、コンピューターのデータも消されている。フライングで動き始めた真琴だったが、キャシーから事情を聞いた光崎のゴーサインもあり紗雪は解剖に回されることになった。担当医の津久場教授や県警の捜査一課長も乗り込んでくる中、加古川の援護射撃もあり解剖が実施されることになった。

 

紗雪は別の病気を患っていました。また看護師が注射した覚えのない薬剤(血栓溶解剤)を投与した痕跡が残っていました。担当医の津久場教授の医療ミスが指摘されて紗雪の事件は終わりましたが、一番大きな謎が残っています。独自に調べていたらしい古手川が、今までの5つの事件において共通点を挙げていきました。

  • 全員が既往症を持ち、浦和医大で治療を受けていた
  • 全員似たような病気(血栓ができる)を発症していた
  • それらの病気にはある共通の抗生物質が有効だった

どうみても医療関係者が関わっていますね。光崎から「既往症のある遺体」の指示を受けたことについて古手川が自分の考えをぶつけますが、光崎は本意を語りませんでした。光崎教授は教授で、複雑な思いを抱きながらこの事件を探っていたのでしょうね。

 

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一連の事件は解決し、改めて真琴が法医学教室への在籍を希望し、受け入れられました。

法医学ミステリーではありますが、今回は推理部分にそれほど重点を置いていない気がします。解剖を通して真琴が法医学者として成長していく姿に重点がおかれていて、教室や古手川との交流を通して真琴の気持ちが変化していく様子が若々しいです。

「どんでん返しの帝王」と呼ばれている中山七里さんの中では、どんでん返し要素は少なめですが、いくつか読んだことのある法医学ミステリーの中では一・二を争う面白さだと個人的には思います。