中山七里「岬洋介シリーズ」第4弾『どこかでベートーヴェン』あらすじとネタバレ感想

中山七里さんの「どこかでベートーヴェン」のあらすじと感想をまとめました。

今回は、僕こと鷹村亮の一人称で物語が進行していきます。彼は転校生・岬洋介の親友ですが、なぜ彼が語り手になっていたのかはラストの一行で明かされます。環境に見合った順調な高校生生活を送ってきたのかと思っていたのですが、想像以上に壮絶な学生生活を経験していたのですね。

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「どこかでベートーヴェン」書籍概要

加茂北高校音楽科に転入した岬洋介は、その卓越したピアノ演奏でたちまちクラスの面々を魅了する。しかしその才能は羨望と妬みをも集め、クラスメイトの岩倉にいじめられていた岬は、岩倉が他殺体で見つかったことで殺人の容疑をかけられる。憎悪を向けられる岬は自らの嫌疑を晴らすため、級友の鷹村とともに“最初の事件”に立ち向かう。その最中、岬のピアニスト人生を左右する悲運が…。「BOOK」データベースより

  • どこかでベートーヴェン(2016年5月/宝島社)
  • どこかでベートーヴェン(2017年5月/宝島社文庫)

1.vivo cantabile~生き生きと歌うように~

岐阜県立加茂北高校は、紆余曲折の末新設された学校だった。平地が少ない地域だったため、二束三文の山林を買い取って山を切り開き高台に出来た学校に、生徒たちは毎日ふもとから1kmもある急勾配の坂道を登って登校しなくてはならない。あまりに勾配が急なため自転車を利用できないためだ。そんな加茂北高校のもう一つの特色が、普通科の他に音楽科が併設されていること。母親がピアノ教師をしている音楽科の鷹村が二年生に進級した時、同じクラスに岬洋介が転校してきた。

ピアノ専攻だという岬は、普通科よりも一般科目の平均点が劣る音楽科内において理系科目で抜群の成績を誇った一方、社会や国語などは全くダメ、その端正な容姿でクラス中の女子の視線を集めているにも関わらず全くの無頓着で彼女らに興味すら示さない、見ているのは音楽家としてどうなのかという指先のみという変わった男だった。女子の関心を攫う一方、男子からやっかみの対象になった出来過ぎの岬は、同じクラスの気になる女子・鈴村春菜の視線も奪っていくため、鷹村も最初は良い感情を抱いてはいなかった。だが隣の席になり何かと世話を焼くにうち打ち解け、世間知らずで天然な岬の保護者的立ち位置におさまってしまった。

授業をサボりがちで一匹狼、音楽室でベヒシュタイン(ピアノ)にはしゃぐ岬を面白いヤツと評した岩倉智生、キーボード担当で岬を自分たちのコピーバンドに誘う板台幹安、岬のピアノに興味を持ち近寄ってくる春菜たちを追い払う鷹村。レッスンの授業で岬のピアノを聴くまでは、みんな少し変わった転校生として岬を受け入れていた。だが担任の棚橋に促され岬が弾いたベートーヴェンの「月光」。天と地ほどもレベルの違う演奏に、生徒たちだけでなく棚橋すら圧倒され、才能という努力程度では太刀打ちのできない怪物に鷹村たちは打ちのめされた。音楽科は普通科に成績が届かなかった人間たちの受け皿でもあり、全員がプロの音楽家を目指しているわけではなく、与えられたカリキュラムをそれなりにこなすだけのぬるま湯のような学校生活を送っているのが大半だった。それでも音楽科に入学する以上音楽が好きで人並み以上に力があるという自負があった。多少なりとも抱いていた音楽の道への希望を岬は木っ端みじんに打ち砕いていったにも関わらず、本人は自覚もなくケロリとしている。岬の才能に心酔した春菜はともかく、板台達は遠巻きに眺め、岩倉は破壊神である岬をぶち壊すとまで言い放ち、いつまでも岬のそばにいる鷹村に食って掛かるほどだった。

2.crescendo agitato~次第に激しくなって~

6月に入ると岩倉の態度は更に悪化し、岬に対し一方的に暴力を振るうようになっていた。現場を目撃した鷹村が間に入って岩倉を追い払うが、当の岬はピアニストとして己の指を庇うのみで、なぜ自分が岩倉の暴力の対象になっているのか全く身に覚えがないようだった。岩倉の父親は加茂北高校の建設も請け負った地元では有名な建築業者で、長男の岩倉には後を継ぐよう期待している。だが岩倉自身はヒップ・ホップで身を立てていこうとしており両親とは反目している。そんな岩倉の自信を一曲のピアノ演奏で砕いた岬は、鷹村からの説明を受けても、ヒップ・ホップとクラシックでは音楽の方向性も必要な才能も違うので競争にはならず、いじめを受ける理由が分からないと言う。

夏休みに入っても、音楽科の生徒たちはほぼ半分以上が登校日となっている。休み明けの9月の発表会に向けて練習しなければならないからだ。夏季登校日が始まって二日目にして既にクラス中はだらけきっていた。もう三日も続く雨、土砂降りと小振りが交互に続き坂道を登校するだけでずぶ濡れになる。そしてこの日は棚橋が体調不良で休んでいたため監視役がおらず、クラスの大半が練習に身が入らないままお喋りやゲームに興じていた。鷹村が演奏以外に関心はないのかと岬に問うと、今のところ二つあると返ってくる。一つは岩倉の姿が見当たらないこと、もう一つはこの二日間止んだことのない雨だという。岩倉は朝棚橋がいないと分かりさっさと教室を出て行ったのだが、演奏に集中していた岬は気づいていなかった。

10時過ぎ、雨の降り方が更に酷くなっていき、どおんという地響きのような音とともに全ての照明が消えた。雷かと騒ぐ中、岬は停電の理由を知りたいと教室を出て行き鷹村も後を追った。嵐さながらに荒れ滝のような雨に打たれながら校舎の裏手で2人が確認したのは、崖が崩れ土砂や大木が金網を押し流して流れ込んでいたものだった。だが岬は更に崖崩れが起きるという。先生に伝えようという鷹村に対し時間のロスだと返す岬は、まず先に退路を確認した方がいいと言い正面玄関の方へと向かった。退路といっても校舎と道路とをつなぐ橋しかない。その橋は無残にも川の氾濫で崩落していた。かろうじて停電の原因になったと思われる電柱が倒れて橋の代わりになっていたが、それもいつ支えを失って流れて行ってしまうか分からない。山の上の学校は携帯の電波も届かず公衆電話の線は切れた。完全に孤立しパニックに陥りかける鷹村をなだめ、岬は自分が電柱を渡って助けを呼びに行くという。これしか方法がないと岬は鷹村が見守るなか、いつ落ちるか分からない電柱を命がけで渡っていった。岬が道路側へ到着する直前、電柱は流され、音楽科は孤立した。

ずぶ濡れのまま音楽室へと戻った鷹村は、一人だけ逃げたとクラス中が岬を非難するのを一喝して黙らせると、岬のアドバイス通り日直の先生とともに体育館へと避難した。渡り廊下を通る時にずぶ濡れになるという春菜は既にジャージに着替えており、体育館に着いてから着替えた方がいいと判断した鷹村はバッグにジャージを詰めていた。やがて山の裏側で崖崩れが始まり、体育館が轟音とともに衝撃で揺れ絶体絶命の危機に陥った時、岬の要請によってかけつけたレスキュー隊により全員が救出された。だが鷹村は息をするのも忘れる程驚いた。その岬自身は、他殺体で発見された岩倉智生の殺害容疑で警察で事情を聞かれているというのだ。

3.angoscia slargando~不安が徐々に広がる~

救出された鷹村たちは、傷一つ負ってはいなかったが病院へ搬送された。まもなく知らせを受けた棚橋が病院へと駆けつけ全員の無事を確認すると、警察に岬の身の潔白を訴えに行くという。鷹村も強引に同行した。

岬は電柱を渡り道路側へと着くと、川沿いの道を下り助けを求めて民家に駆け込み消防と警察に連絡をした。それが10時30分。連絡を受けたレスキュー隊は10時50分に現場に駆け付けたが、その途中、民家から50mほど上の道路、ちょうどカーブになっている辺りで横たわる岩倉の遺体を発見した。左後頭部を鈍器のようなもので殴られ即死状態だった。死亡推定時刻は10時から10時50分の間、誰もが家の中に籠もる嵐の中、一本道で岩倉と鉢合わせることができたのは岬のみだった。岬自身は学校を出て民家に駆け込む間、誰にも会わなかったと言っているが、刑事は岬を犯人だと考えているのは明らかだった。強硬姿勢を取る刑事だったが、岬の父親が検察官だと知った途端一変し、岬は鷹村とともに家に帰れることになった。岬を家まで送った鷹村は、彼の父親がピアノを弾く事に対し猛烈に反対していることを知った。

ただでさえクラスから浮いていた岬だったが、岩倉殺害の容疑者であるにも関わらず父親が検事ということで逮捕すらされないと、更にクラス内の立場は悪くなった。岩台などは露骨に憎悪を向けている。岩倉の母親に葬式への参列を拒絶された岬は、自分にかかった疑いを晴らすため鷹村に手伝ってほしいと言った。岩倉が殺された時、校外にいた人間としてまず棚橋の自宅へ話を聞きに行く。棚橋は体調不良は嘘で二日酔いで寝坊したと言ったが、岬は玄関先にあった傘から役場へ行ったと見当をつけ、棚橋がある予算委員会の議事録を閲覧していたことを突き止めた。加茂北高校の建設が始まる前の年のもので、岩倉の父親の会社・イワクラ建築による地層調査費が計上されている。まともな調査をしていればあんな地盤のところに学校は建てない、手抜き調査をし費用を水増ししたのではないかと岬は言う。当時、大手ゼネコンが学校建設の競争入札に参加したが、地元のイワクラ建築が工事を請け負うことに決まったため、イワクラ建築と町長の間に贈収賄があったのではないかという噂があったことを鷹村は話す。春菜は町長の娘なので、岩倉とそのあたりで何か確執があったのではという岬に対し、鷹村は2人とも親の話題を避けているから確執は起きないと思うと答えた。

修復工事の始まった学校を見に行った2人は、改めて崩落した橋以外に学校を脱出するルートが皆無だったことを確認する。あの時、鷹村が知る限り学校を出たのは岬だけだった。岩倉を殺害した凶器や足跡、血痕など証拠は雨に流されてない。自分ができることなら何でもやるという鷹村に対し、必要なのは犯人の自白だと岬は応えた。

4.molt amarevole~きわめて苦しげに~

二学期が始まり発表会に向けて本格的な練習に入らなければならないが、夏休み中は修復工事で学校に入れずプログラムの変更を余儀なくされた。生徒たちの大反発を受けながら棚橋が決めたのは、合唱と岬のピアノソロという二部構成だった。持ち時間20分のうち、合唱は5分少々で終わるので残り15分ほどを岬が一人で賄うことになる。音楽科の実情に即しているとはいえあからさまだった。

文化祭当日、何の熱情も感じられない苦痛の合唱が終わり岬の番が来た。舞台袖で鷹村や音楽科の連中が見守るなか、観客を引き込む演奏が始まった。だがその最中、異変が起きた。一度音を外すと後は成すすべもなく崩れていき、岬はピアノの前から立ち上がると取り乱した様子で舞台を降りていってしまった。追いかけた鷹村に、左の耳が全然聞こえないと狼狽した口調で岬は言った。鷹村と棚橋に付き添われて行った病院で、岬は突発性難聴の診断を受けた。初期症状を見逃したり気のせいで過ごしたため、岬の左耳は極端に聴力が低下していた。日常生活に差しさわりがなくても、音楽家として絶望的だった。

5.spiritoso lamentando~心を込めて悲しげに~

自分たちの合唱の不甲斐なさを岬のピアノに転嫁し、発表会が失敗したのは全て岬のせいだという空気が音楽科に蔓延した。岬を庇うのは鷹村と春菜くらいで、クラス中の彼を見る目は更に憎悪に満ち、これみよがしな殺人鬼呼ばわりに加え机への落書きも増えた。岬の突発性難聴をあざ笑ういやがらせに、発表会の反省会のHRではとうとう真正面から岬への糾弾が始まった。岬はいつになく好戦的な口調で、岩倉の事件について時期が来たら別の可能性を提示してみせると言い、教室を出て行った。

発表会からわずか三日後、再び天候があやしくなった。だが補修工事も終え、雨量もそれほど多くないと判断した学校は生徒を帰す等の措置を取らなかった。三時間目が過ぎた頃、また悪夢のような土砂降りへと変わる。今回は橋が落ちる前に助けが来るだろうから自分ができるのは約束を実行することと言った岬は、鷹村を伴って被服室へと行き3体のマネキンと緩衝材で工作をはじめた。鷹村が先に教室へ戻ると、体育館への全校生徒避難が始まろうとしていた。鷹村から少し遅れて教室に戻ってきた岬は、体育館へ行く前に少し寄り道をしてほしいと棚橋に頼む。岩倉殺害の犯人について、自分以外の別の可能性を示すという約束を実行するという。

棚橋に促された岬は、いつも携帯オーディオを持ち歩き音楽を聴いていた岩倉が、あの日自分の机の中に携帯オーディオを残していたという違和感から、オーディオを雨で濡らしたり落としたりしたくないから机にしまった=いったん外に出るがまた教室に戻ってくるつもりだった=岩倉は校外へは行っていないのではないかと口を開いた。つまり、岩倉は学校の敷地内で殺害されたのだ。岬が用意したマネキンは、学校にいた岩倉がどうやって民家に近い道路上で遺体となって発見されたのかを実験するためのものだった。だんだんと事件の核心に近づいていることを悟った鷹村は、岬が学校を脱出してから教室へ戻るまでの間、自分にはアリバイがないと自ら口を開いた。

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勘の鋭い人は、大雨で橋が崩落するほど氾濫した川、カーブで見つかった岩倉の遺体、という時点で何となくトリックめいたものを察するかと思います。ミステリー半分、青春もの半分(あまり爽やかではなく現実を突き付けるものですが)といった一冊でした。

最終的に犯人が出頭し事件が終わった後、岬は鷹村の前で発表会で失敗した曲・ベートーヴェンの「悲愴」を弾き、これでピアノを辞めると宣言した日を最後に父親の転勤に伴って転校していき、鷹村の前から姿を消しました。

岬と棚橋のおかげで早々に音楽に見切りをつけ別の職業についた鷹村は、10年後、ドキュメンタリー番組内でショパン・コンクールのファイナリストとしてピアノを弾く岬の姿を目にします。鷹村自身の職業が、最後の仕掛けでした。

最初は生徒をえこひいきするとんでもない教師だと思った棚橋でしたが、現実の厳しさを教え導く良い先生でした。