中山七里『合唱 岬洋介の帰還』あらすじとネタバレ感想

中山七里さんの「合唱 岬洋介の帰還」のあらすじと感想をまとめました。

豪華、の一言です。タイトル通りメインは「岬洋介シリーズ」かもしれませんが、他の作品の主役級のキャラ達がほぼ全員出てきて事件に絡んできます。事件の舞台が埼玉なので、さすがに警視庁の刑事である犬養の登場はないだろうと思っていたのですが出てきました。まさに”合唱”でした。

登場人物たちの豪華さと、99.9%有罪になるだろう冤罪事件をどう裁判でひっくり返すのかを楽しむ眼福の一冊です。

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「合唱 岬洋介の帰還」書籍概要

幼稚園で幼児らを惨殺した直後、自らに覚醒剤を注射した“平成最悪の凶悪犯”仙街不比等。彼の担当検事になった天生は、刑法第39条によって仙街に無罪判決が下ることを恐れ、検事調べで仙街の殺意が立証できないかと苦慮する。しかし、取り調べ中に突如意識を失ってしまい、目を覚ましたとき、目の前には仙街の銃殺死体があった。指紋や硝煙反応が検出され、身に覚えのない殺害容疑で逮捕されてしまう天生。そんな彼を救うため、あの男が帰還する―!! 「BOOK」データベースより

  • 合唱 岬洋介の帰還(2020年4月/宝島社)
合唱 岬洋介の帰還

1.Allegro ma non troppo, un poco maestoso

(アレグロ マ ノン トロッポ,ウン ポーコ マエストーソ)

埼玉県警の捜査一課刑事の古手川和也は、上司の渡瀬とともに車で仙街不比等を追っていた。

仙街はさいたま市内にある高砂幼稚園に侵入、園児と先生を切りつけて逃走中の容疑者だった。高砂幼稚園は県警本部の目と鼻の先にある幼稚園、通報に驚愕しつつ浦和署の人間が駆け付けた時にはすでに仙街は逃走したあとで、犯行現場は血の海だった。クラス担任の先生二人と幼児三人が滅多刺しにされ殺害、難を逃れた園児たちも一様に怯えていた。組対五課からの情報によると、仙街には覚醒剤所持の容疑がかかっており、捜査員が仙街を尾行中に起きた悲劇だった。

古手川は刑法第39条を思い浮かべる。たとえ仙街を逮捕したとしても、犯行時に心神耗弱状態であることが立証されれば、裁判所はこれを適用して仙街を5人を殺害した罪で罰することはないからだ。無線の情報で仙街に一番近い所にいると分かった古手川と渡瀬は、仙街が乗り捨てたとみられる車を発見、渡瀬によって閉店したコンビニ内に潜んでいた仙街を発見した。足元には注射器が転がっている。2人がナイフを手に襲い掛かってくる仙街を逮捕し簡易鑑定した結果、覚醒剤の陽性反応が出た。取り調べで仙街は、覚醒剤を常用していることや犯行当日の朝の行動などはすらすらと答えるものの、幼稚園での犯行については覚醒剤のせいで侵入したことすら記憶にないの一点張りを貫き、明らかに刑法第39条を意識しての供述しかしなかった。

被害者は以下の5名。

  • 本間るり子(幼稚園教諭 担任)
  • 坂間美紀(幼稚園教諭 副担任)
  • 高畑真一(4歳)
  • 能美ひなた(4歳)
  • 風咲美結(4歳)

さいたま地方検察庁の刑事部第一級検事の天生高春が、仙街不比等の事件を担当することになった。仙街は平成最悪の凶悪犯としてマスコミに大きく取り上げられ、刑法第39条の適用を狙っている事件として世間の注目を浴びている。起訴すれば責任能力の有無について戦って有罪にしなければならないし、不起訴にすれば責任を問われる難しい事件だった。

仙街は送検され午後3時から天生による仙街の取り調べが始まる。検察事務官の宇賀麻沙美が揃えた供述調書に目を通した天生は、午後から始まる検事調べの前に食事をとることにし庁舎を出たところでマスコミに捉まる。普段ならノーコメントで通すところを、少し感情が入り混じり正義を代弁する検察を印象付ける強気なコメントを残した。

取り調べは天生の執務室で行われた。部屋には取調官の天生、立ち合いの事務官として記録用のパソコン、ICレコーダーをスタンバイしている宇賀、被疑者の仙街の3人だけで、仙街を連れてきた警官2人は部屋の外で待機している。取り調べ中に被疑者が暴れても武器になるものがないよう、天生と宇賀の前にある湯呑もプラスチック製になっている。取り調べが始まっても仙街は幼稚園襲撃の記憶についてはないと主張し続けた。学生時代に両親が相次いで亡くなったことや、就職氷河期で就職がうまくいかなかったことなどは淀みなく答えるが事件については覚えていないと口にする。

取り調べている最中、天生は急激な眠気に襲われ始めた。自分の声すら遠ざかっていく中、宇賀が具合が悪いので手洗いに立ちたいというのにかろうじて許可を出したのを最後に、天生は意識を失った。

警官に肩をゆすぶられ目を覚ました天生が目にしたのは、椅子に座ったまま胸を撃ち抜かれ息絶えている仙街の姿だった。目の前には拳銃があり、警官に抱きかかえられた宇賀の足元には吐瀉物も見える。警官によると、手洗いに行きたいと宇賀が部屋から出てきた数秒後、銃声が聞こえたため慌てて中に入ると机に突っ伏した天生と、胸を撃たれた仙街がいた。つまり2人きりの密室で片方が射殺された。

天生は仙街不比等を殺害した容疑者として逮捕された。

2.Molto vivace

(モルト ヴィヴァーチェ)

現職検事が担当していた「平成最悪の凶悪犯」を取り調べ中に射殺したという一大スキャンダル事件の捜査担当および公判検事に任命されたのが、さいたま地検の上位庁である東京高検の次席検事・岬恭介だった。上はこのスキャンダルを最小の被害で抑えるべく天生の厳罰を求めており、世間の声は覚醒剤剤使用による刑法第39条の適用で罪を逃れようとした仙街を罰した正義の人というスタンスで天生を祭りたてている。

至近距離からの発砲により仙街は即死、天生の机の上の拳銃からは天生の指紋が検出され、着ていたスーツの袖からは硝煙反応も検出された。拳銃はコンビニ強盗の証拠物件として天生の執務室に運ばれたことがある物で、その際に天生が抜き取ったと思われた。

第60期司法修習生という天生の経歴に岬は苦い思いを抱える。同じく優秀な60期の修習生でありながらピアニストに転向した不肖の息子・岬洋介の存在を思い出さずにはいられないからだ。送検されてきた天生は一貫して無罪を主張し、事件当時のことは何者かによって睡眠剤を盛られたため何も知らないと言う。執務室の天生と宇賀の湯飲み茶碗からはそれぞれ睡眠薬が検出されているが、それらは天生による偽装だと考えられていた。事件の記憶がないという天生の主張は、奇しくも仙街と全く同じものだった。岬は天生の起訴を決めた。

一日一回、30分だけという東京拘置所の天生の面会に宇賀麻沙美事務官がやってくると、着替えとともに仙街の被害者遺族たちが天生の減刑を求めて署名活動を始めたことなどを伝える。天生は彼女に弁護士の依頼を頼んだが、翌日面会にやってきた宇賀は疲れた様子でどの弁護士からも断られたことを報告する。勝てない裁判は受けない、加害者の弁護はしない、いつも裁判で戦っている現職検事を弁護することに対する拒否感等、思った以上の立場の悪さに眠れぬ夜を過ごした天生のもとに、翌朝一番に面会者がやってきた。

岬洋介はアクリル板の向こうで、何かの弾みで自分が被告人になったら助けに来いという天生の冗談で放った約束を果たしに来たと微笑んだ。

3.Adagio molto e cantabile-Andante moderato

(アダージョ モルト エ カンタービレ-アンダンテ モデラート)

洋介は外国でのコンサートツアーをすっぽかして帰国してきたという。天生を起訴したのが父親の岬検事だと知ると驚いた様子は見せたものの、気にすることなく天生に対し真犯人の目星はついているか尋ねてくる。湯呑に睡眠薬を混入し仙街を殺害できたのは、天生の他には宇賀事務官しかいない。だが事件は宇賀が退室したあとに起きている。一連の事件にはどこか不協和音があるという洋介は、有能な弁護士を見つけてくると天生に約束した。洋介との面会で、憔悴しきっていた天生の気力が戻ってきた。岬検事との取り調べでも元気だと見抜かれ、誰に何を吹き込まれたのかと疑われるほどだった。

元犯罪者の弁護士・御子柴礼司は、暴力団組長と幹部を襲って半死半生の目に遭わせ懲役10年を求刑された被告人の裁判で、見事に減刑を勝ち取った。相手方の恨みを買い報復されるかもしれないので護衛を付けようかという暴力団幹部の申し出を断り事務所に戻った御子柴の所に、岬洋介が訪ねてくると、友人を助けるために弁護を依頼したいと言ってくる。父親が担当検事を務める事件に、息子が弁護側に回る理由を尋ねると、岬検事に二度勝ったのは御子柴だけだったからだと言う。断るつもりで着手金1,000万、無罪判決を勝ち取ったら一億とふっかけた御子柴だったが、洋介はあっさりと了承し、1,000万の小切手をその場で切り確認してくれと手渡してきた。つい受け取ってしまった御子柴は、弁護を引き受けたも同然の状態に気が付くが後の祭りだった。

翌朝、洋介が連れてきた弁護士を見て天生は驚愕し、岬検事は御子柴が天生の弁護士に選任されたこと、その御子柴を連れてきたのが自分が知らぬ間に帰国していた息子だということを知らされ、最悪の組み合わせだと吐き捨てた。夜、息子の泊るホテルへと足を向けた岬検事は、洋介に手を引くよう強く求めたが、洋介は世界中を敵に回しても友人を守ると言い譲ることはなかった。

4.Presto-Allegro assai

(プレスト-アレグロ アッサイ)

出勤してきた古手川が、自分たちが逮捕した仙街を射殺した天生の事件について渡瀬と話していると、岬洋介が高砂幼稚園襲撃事件の担当者はと面会を求めてやってきた。天生検事の事件でなぜ高砂幼稚園の事件を知りたがるのか問う渡瀬に対し、洋介はそれが事件の起点だからと返す。新聞報道よりも多少詳しい程度にしか情報を得られなかった洋介は、霊安室にある仙街の遺体を見たいと言う。断る理由もなく3人で霊安室に向かうと、洋介は仙街の遺体を写真に撮り古手川に雑な解剖をした執刀医は誰かと尋ねてくる。そして古手川が信頼している解剖の委託先はどこかという問いに浦和医大の光崎教授の法医学教室だと答えると、それではまたと帰って行った。

まもなく光崎教授の教室の助教・栂野真琴から古手川のスマホに電話がかかってきた。仙街不比等の解剖をさせろと光崎が言っているらしい。古手川が浦和医大に遺体を届けると、そこには洋介もいた。仙街の解剖報告書と洋介の写真との間に齟齬を見つけた光崎が解剖を決めたようで、解剖にかかる費用は洋介が負担するとのことだった。洋介、古手川立会いのもと行われた仙街の司法解剖について光崎は、解剖報告書を書いた人間はとんでもないヤブ医者だと言い放った。

渡瀬の取り計らいで洋介と一緒に行動することになった古手川は、まず宇賀事務官に会いに行き事件当時の様子を聞いた。その後、幼稚園襲撃事件の被害者の家を回ることになり古手川が運転手を務める。まさか御子柴の側に立つ日が来ることになるとは思わなかったとぼやく古手川に対し、洋介はこんな時に使う便利な言葉があると言う。呉越同舟だった。

高畑真一、能美ひなたの遺族の話を聞き、三軒目は風咲美結の家だった。美結の父親は被害者遺族の会を結成するつもりだが、代表者は別の人にお願いしたいと言う。理由を問う古手川に対し父親は「風咲」という苗字に反応する人が多いからだと答える。美結の父方の祖父・風咲平蔵は元経産省の役人で、車を運転していて工事現場のクレーン車に突っ込み、バランスを崩したクレーンが対向車線の観光バスの真正面に運んでいた鉄骨ごとぶつかりバスの乗務員、乗客のうち死者15名、重軽傷者29名、クレーンの運転手も死亡という大事故を起こしながらも、不起訴処分になった人物だった。県警本部に戻った古手川が調べると、東京大田区のこの事件の担当捜査員の中に犬養隼人の名前を見つけた。

警視庁捜査一課の犬養を訪ねた古手川と洋介は、風咲が関与したのはクレーン車にぶつかるまでであり、状況はともかく大事故を起こしたのはクレーン車の運転手ということになるため、風咲を過失運転致死傷容疑で送検したのは世間の声を受けての無理のあるものだったこと、起訴したところで裁判所が過失運転致死を認めるとは到底考えられず、検察は不起訴にするしかなかったこと、その不起訴処分を決めたのが天生検事だったことを聞いた。

5.合唱「おお友よ、このような音ではない」

御子柴は信頼を寄せている民間の「氏家鑑定センター」に、事件当時に天生が着ていたスーツとワイシャツを持ち込み、鑑定を依頼していた。所長の氏家京太郎によると、科捜研の鑑定は充分ではなかったと言う。硝煙反応の分析も中途半端で実証実験がされていない。また拳銃に残っていた天生の指紋のファイルについても分析が不十分であるという。許可が貰えれば法廷内での実証実験は可能だと氏家は言った。

裁判員裁判である第一回公判が行われる地裁の傍聴席には、洋介もいた。岬検事は殺人罪で懲役16年を求刑し、天生は無罪を主張し、御子柴は天生の主張通り本件は誤認逮捕であり、裁判でそれを立証していくと言った。検察側と弁護側が真っ向から対立することになった一回目の閉廷後、庁舎を出た御子柴は先の暴力団組長と幹部を襲った裁判に不服を持つ相手方に襲われ、腹部を撃たれた。幸い命に別状はなかったものの絶対安静で、翌日からの公判に出廷できなくなった。裁判を延期してもらっても御子柴の代わりはそうそう見つからないと困る洋介に対し、御子柴は心当たりが一人だけいると返す。洋介自身が法廷に立てばいいという。司法試験をトップ合格した元司法修習生の洋介は、弁護士資格を持っていなくても、地裁に限れば裁判所が許可しさえすれば特別弁護人として選任することができるのだ。自分は司法をないがしろにした人間だと言う洋介をくだらないの一言で切り捨てた御子柴は、洋介に法廷に立つ覚悟を求めた。

特別弁護人の選任に丸一日を要した第二回公判、岬検事は負傷した御子柴に代わり息子が法廷に立つことを知り怒りに震えた。今まで散々自分に逆らってきた息子だったが、今回のことは極めつけだった。だが裁判所の決定には従うしかない。なぜ検察側ではなく弁護側に立っているのかと内心で悪態をつく岬検事に対し、洋介は初めての法廷とは思えないほど堂々とした立ち居振る舞いで弁護を始める。氏家鑑定センターの所長、宇賀事務官、解剖医の光崎と次々と証言台立たせて天生の犯行を示しているという証拠品の数々が何者かによって偽装されていたことや、発砲が天生ではなかったこと、また犬養の証言によって今回の一連の事件、仙街による幼稚園襲撃事件、密室での仙街射殺事件の根元が、風咲平蔵をきっかけに起きた大田区のクレーン車衝突事故にあったことを証明していった。

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エピローグにて検察側が天生の起訴を取り下げ、新たな被疑者を取り調べ始めたことが書かれています。東京拘置所を出た天生と、彼を迎えに来た洋介との会話の中で、洋介がしばらく日本に滞在すること、また何かの事件に巻き込まれそうなことが示唆されていました。次回は「おわかれはモーツァルト(仮題)」とのことで今から楽しみです。

 

今回、真犯人は早い段階で分かっているので、洋介が他シリーズの主役たちを巻き込みながら真犯人の手口や動機などを明らかにしていく過程を楽しむ一冊だと思います。最初にも書きましたが、とにかく顔ぶれが豪華です。この本から読み始めてもいいと思いますが、他シリーズを一通り読んだ後にこちらの「合唱」を読むのが最も心が躍る読み方となりおすすめです!