中山七里「岬洋介シリーズ」第5弾『もういちどベートーヴェン』あらすじとネタバレ感想

中山七里さんの「どこかでベートーヴェン」のあらすじと感想をまとめました。

岬洋介シリーズ次作となる「合唱」で殺人事件の容疑者となってしまった天生高春視点での、司法修習生時代の岬を描いたものです。

前作の「どこかでベートーヴェン」でピアニストの道を諦めた岬がもう一度ピアノと向き合うことを決める過程がメインで、ミステリー部分は控えめな印象です。

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「もういちどベートーヴェン」書籍概要

司法試験をトップで合格した司法修習生・岬洋介。同じく修習生の天生はひょんなことから彼と親しくなるが、クラシック音楽を避ける岬が実はピアノの天才であると知り、彼の正体に疑問を抱く。そんな折、二人は修習の一環でとある殺人事件の取り調べに立ち会う。凶器から検出された指紋は被害者の妻のもののみで、犯人は彼女しかいないと思われた。しかし岬は無罪の可能性を主張し…。「BOOK」データベースより

  • もういちどベートーヴェン(2019年3月/宝島社)
  • もういちどベートーヴェン(2020年4月/宝島社文庫)

Ⅰ.etouffer insensiblemente

(エトゥッフェ インセンシブルメンテ ~音を殺して 冷淡に~)

和光市司法研修所に第60期司法修習生たちが入所した。研修期間は1年4か月、うち前後2か月を教室で学び、中の1年間で実務研修を積む。検察官になることだけを目指して入所した天生高春は、同じクラスに岬洋介がいることを知った。天生だけでなくほぼクラス全員が岬の存在を知っているのは、彼が眉目秀麗なだけでなく、父親が検察官であり司法試験をトップ合格した実力者であるからだった。教官の蒲原も岬には関心を抱いている様子だった。その後のグループ分けで、天生は脇本美波、羽津五郎とともに岬と同じグループに決まった不運を嘆いた。

初めは岬に対し敵愾心を抱いていた天生だったが、岬の一風変わった言動や女性修習生たちから興味を寄せられる己の容姿に無頓着なこと、分野によって知識に大きな偏りがあることなど幼児性を残す天才という印象が強まるにつれ、寮が隣室だったこともあり急速に距離が縮まっていった。

司法試験現役トップ合格の名に恥じず、岬は座学に置いても抜群の観察眼と成績を誇った。5人いる担当官のうち特に修習生達から恐れられている蒲原ですら皆の前で岬の実力を褒めるほどだが、父親の岬検事と絡めて話をされる時、岬は苦痛を感じている様子だった。自分の成績を褒められても嬉しくない、自分は傲慢なのだと思うと岬は天生に話した。そんな誰しもが褒め称える岬に唯一ダメ出しをしたのが、元判事の高遠寺静教官だった。

Ⅱ.amarevole lamentand

(アマレーヴォレ ラメンタンド ~苦しげに悲しげに~)

クラシックが趣味の天生は、寮の部屋にもお気に入りのCDを持ち込み、部屋が防音性に優れているのをよいことに座学の予習時などに再生していた。お気に入りのほとんどはベートーヴェン、かつて両親の後押しもありピアニストを目指したこともある天生だったが、全国規模のコンクールに登場する数多の天才たちを前にピアノとは決別した。散々投資してきたピアニストから検察官への唐突な転向、何度か失敗した司法試験で、天生と両親の関係も冷ややかになっていた。ようやく合格した司法試験も、研修所に入ってみると岬という天才がいた。頭では分かっていても気持ちの上で、司法の世界において岬の恵まれた環境を妬み自己嫌悪に陥る。それでも岬と議論し合う時間は有意義で刺激的だった。

寮で購入している新聞に3つの殺人事件が載っていた。中国籍の男が同居していた女性をビール瓶で殴り殺した事件、自宅で絵本作家の夫を絵本画家の妻が刺殺したものの本人は犯行を否認している事件、職業不詳の男を自称会社役員と会社員3人が寄ってたかって殺しバラバラにして山林に遺棄した事件。同じグループの脇本は中国籍男性が起こした事件に興味を持ち外国人の不法就労から人権問題へと展開させ、羽津は会社の経営不振から保険金殺人を目論んだであろう事件に注目した。天生も羽津と同じ事件に興味を抱いたが、岬は妻の犯行動機や、妻が本名で仕事をしているのに対し被害者の夫がペンネームでで活動していることなどが気になるとして絵本作家の事件を挙げた。

蒲原教官の講義が終わり研修所を出ようとしていた天生は、蒲原と岬が話しているのに気付き思わず立ち聞きしてしまう。己が所属するさいたま地検へと岬を熱心に誘う蒲原の姿に、検察官志望の天生はなぜ自分ではないのかと憎悪や羨望を抱いたが、そつなく勧誘をいなす岬の態度に救われる。直後岬と鉢合わせてしまったが、岬は特に気にした風もなく、蒲原から手渡されたという折りたたまれたティッシュペーパーを見せ去って行った。

書店へ専門書の購入のため寮を出た天生は岬と出会い行動を共にすることになった。買い物を済ませた後クラシックが聞ける行きつけの喫茶店へと岬を連れて入ったものの、岬は表情をゆがめると体調不良だといい店を出て行ってしまった。今までの数々の言動から、岬にはクラシック音楽に対するアレルギーがあるのだと分かった天生はちょっとしたいたずら心で、岬を騙してオーケストラのコンサートに強引に連れて行く。すぐにでも帰りたそうな岬は、席についてもそわそわと落ち着かないそぶりを見せている。だが開演すると岬の態度は一変した。オーケストラと共演するピアノに合わせ、岬は膝を指で叩いていた。ただ拍子をとっているのではない、スコア通りに正確に弾いている。彼はとてもハイレベルな腕を持つピアノ経験者だと天生は確信した。一楽章が終わった後、驚愕とともに君は何者だと問う天生に対し、岬はあなたはひどい人だと告げそっとホールから出て行った。

Ⅲ.stretto crescendo

(ストレット クレッシェンド ~緊迫して 次第に強く~)

前期の講義が終わり実務研修が始まった。検察庁3か月、裁判所6ヶ月、弁護士事務所3か月を順繰りに回る研修で、岬や天生のグループは最初にさいたま地検に行くことになった。刑事部では教官の蒲原が笑顔で迎えてくれたものの、蒲原の本命は岬一人だと知っている天生は素直に蒲原の歓迎の言葉を受け取れなかった。どういう運命なのか、天生達は絵本作家殺人事件の検事調べに立ち会うことになる。取調官は蒲原だが、被害者の牧部六郎とは大学時代からの友人で、加害者の妻である牧部日美子とも顔見知りだという。

絵本作家の”まきべろくろう”こと牧部六郎が、同居している絵本画家の妻・牧部日美子に刺殺された。遺体近くに落ちていた凶器である包丁から日美子の指紋が検出されたことから彼女を逮捕・送検したが、日美子は当初から犯行を否認している。また現場から牧部六郎の携帯電話が紛失しているが、警察は日美子が持ち去ったものと考えている、という事件だった。遺体の発見は午前8時頃、殺害されたのは前夜の21~23時頃と見られており、その時間帯に二人の争う声が聞こえたという近所の証言もあった。

日美子によると、事件の夜に六郎と喧嘩して21時過ぎに家を出たあとは駅前のネットカフェで一晩過ごしていたという。翌朝10時頃に自宅に戻ると家の前に警察車両が数台止まっており六郎の遺体を見せられたあと警察署に連れて行かれ指紋や唾液を採取されたのち、凶器の指紋が一致したとして逮捕された。喧嘩の原因は創作に関しての見解の相違で、元々純文学を目指していた六郎が次回作の絵本に政治批判を盛り込むという構想に納得できなかったことによるという。台所仕事は日美子しかしていないので、包丁から自分の指紋が出たのは当然だと主張し最後まで犯行を否認しつづけた。聴取の終了間際、突然岬が日美子が本名なのに六郎はペンネームを使っていたのかという疑問をぶつけたが、被疑者を当惑させないようにと蒲原に遮られて答えは得られなかった。

実習初日を終えた天生は、蒲原の執務室に残っている岬を見つけた。証拠物件の中身を精査するらしい。六郎の既刊本はすべて”まきべろくろう”名義なのに、喧嘩の原因となった次回作の原稿「赤うさぎロックンロール」が本名である”牧部六郎”名義になっているのに岬はこだわる。また「赤うさぎロックンロール」にはあからさまな政治批判は読み取れず喧嘩になりそうもないと言う。どうやら岬は日美子の無罪の可能性を考えているらしい。それはつまり埼玉県警、さいたま地検の誤認逮捕とイコールになる。だが人一人を裁判にかけて罰を課す以上、慎重すぎてもいいと岬は言った。ペンネームの問題が解決しない限り事件について調べたいという岬に、天生も付き合うことにした。

翌日の研修後、2人はまきべろくろうの絵本を出版しているフロール社へ出向いた。量産型でも流行作家でもない牧部の本は、あまり売り上げが芳しくなかったという。担当によると牧部は癖のある作家で若い頃には左翼的な思想を持っていたらしい。また一般文芸作家や同業の絵本作家の批判や誹謗中傷めいたことを口にし、編集者に対して議論を吹っ掛け答えられないと無能呼ばわりするような性格破綻した人物だった。「赤うさぎロックンロール」の本名名義での刊行については、担当者も表記間違いではないかと指摘したが、牧部本人から間違いではないと返されたらしい。2人はまきべろくろうの既刊本全5冊を借りて帰った。帰りの電車内で5冊に目を通した岬は、全ての作品内に盛れなく政治的メッセージが込められていること、5作が仮説の補完材料になったことを口にしたが、仮説の内容についてはまだ話せるほど自信がないと躱した。

後日埼玉県警で担当刑事に面会した岬と天生は、検事調べの一環としながらもこれが岬自身の独断であることを明かしたうえで持参したリストと封筒を渡し、リストにある現物に付いた指紋と封筒の中身に付着している指紋を照合してほしいと頼んだ。一致すれば事件の様相が大きく転回するという。翌日、岬と天生は蒲原の執務室に呼び出され、独自捜査は適正手続き違反になると叱責される。だが岬がうまく返し、岬自身は減点、お眼付役とされた天生はお咎めなしで終わる。執務室から出た岬たちを高遠寺静教官が待ち構えていた。高遠寺の質問に追い詰められた岬ができることは全部したい、そうでないと被疑者と胸を張って対峙できないと本音を明かすと、指導教官の一人として岬の行動を助ける旨の言葉を得た。

Ⅳ.espressivo moviendo

(エスプレッシヴォ モヴィエンド ~表情豊かに 変化して~)

牧部日美子が起訴された。心配した天生が岬に尋ねるも、埼玉県警の担当刑事にお願いした件の回答がないので動きようがないと言われる。岬は起訴されてから初公判までに二か月ほどの準備期間があるとのんびりしている。研修も一か月が過ぎると慣れ閉庁時間に合わせて帰れるようになる。天生も早めに帰宅してクラシックを鑑賞する余裕が出てきた。が、岬は同じ時間に庁舎を出たにもかかわらず寮には帰っておらず、帰っても深夜近くだった。休みの日は朝から留守にしている。絵本作家の件で動いているのではないかと考えた天生は居ても立ってもいられなくなったが、岬は連絡待ちで特に進展はないと言う。天生は岬を尾行することにした。岬の行き先は個人でレンタルできる音楽スタジオだった。平日の5時半以降と休日は岬が独占しているという。見学と称して中を覗いた天生は、一心不乱にピアノに打ち込む岬を見た。スタジオの店員は、おそらく岬は全日本ピアノコンクール予選に出るのではないかと言った。休みの日、予選会場のホールへと足を運んだ天生は参加者リストの中に岬洋介の名前を見つけた。

40人の参加者のうち岬は38番目の奏者だった。午前の部が終わった天生が楽屋へと向かうとやはり岬本人がいた。岬はある事情でピアノを断念しクラシックとは決別して別の道で一生懸命頑張ろうとしたのに、天生にコンサートに連れて行かれた先で封印させてきた音楽への想いを再燃させられたと天生に言う。だが感謝しているという。岬は本気でなければ何もできないと一位入賞を口にした。とても正気の沙汰とは思えないセリフだったが、岬の演奏が始まった瞬間ホール内の空気が一変した。無名の岬が関東地区予選を一位で通過した。

二週間後の本選に向け岬は仮病を使い研修をサボり続けた。司法修習生の立場を完全に放棄した岬の行動を心配し咎める天生に対し、岬は本選のことで頭が一杯で研修のことは考えられないとしながらも日美子の件だけは例外だと言って、拘置所にいる彼女に会いに行った。そして日美子に対し、なぜ牧部六郎が過去5作品をペンネームで書き、「赤うさぎロックンロール」だけ本名で書くことにしたのか理由を知っていて隠していると指摘する。日美子は最後まで本当のことを言わなかった。拘置所からの帰り道、事件の担当刑事に預けていた物の指紋が一致したという連絡が入った。だが岬は刑事に預けた物が何だったのか、天生に教えてくれなかった。

Ⅴ.altiero con brio

(アルティエロ コン ブリオ ~誇らしげに 生気に満ちて~)

岬が全日本ピアノコンクール本選に出場することがバレた。修習専念義務違反になるとして天生も事情を聞かれたが何も知らないと返す。貸しスタジオで本選に向けて集中していた岬は、司法修習生としての将来を心配する天生に対して今は本選のこと以外何も考えられないと言うと、天生に自分のピアノを聴いてほしいと翌日のコンクールのチケットを手渡した。

コンサート当日、会場には天生だけでなく教官の蒲原、同じグループの羽津や脇本の姿もあった。それぞれ岬からチケットが届けられたらしい。法律家としての将来を期待し岬がコンクールに出場することに複雑な思いを抱く蒲原達が見守るなか岬の順番がくる。普段見る姿とはまるで別人のような岬の演奏が終了した瞬間、割れんばかりの拍手や歓声が会場を満たした。天生は、岬が自分達とは違う世界の住人になったことを知った。

審査結果の発表が始まるなか、楽屋で蒲原や天生達と対面した岬は、牧部六郎がデビューから5作目までは己を偽りながら書いた物語だったと話し始める。だが遺作となった「赤うさぎロックンロール」で本心をさらけ出すことに決めたため、あえてペンネームでなく本名を使ったのだろうといい、妻の日美子が仕事に支障がでると逮捕後も頑なに守ってきた牧部のある秘密を明らかにする。そして「赤うさぎロックンロール」の中で暴露された六郎の秘密が世間に出ることを恐れた人間が真犯人であるとしてある人物の名前を挙げると、犯人であるという根拠、警察から知らされた物的証拠などから犯行に至る経緯を推理を交えて説明していく。話し終えた岬は、第一位の受賞者として名前を呼ばれステージへと向かっていった。

事件が解決し、検察は日美子への訴えを取り下げた。晴天が広がるなか岬の退寮の日が来た。見送りに来たのは同じグループの3人だけだった。所長自らの慰留にも応じなかった岬はもう二度と後悔はしないと言い切り、父親には勘当されたとあっさりと口にする。去ろうとする岬に対し天生は、もし何かの弾みで自分が被告人になってしまった時、岬に弁護士になってほしいと伝える。司法修習を終わらせていない人間に弁護士資格は与えられないと返しながらも、岬は自分でよければ地球の裏側からでも駆けつけると約束し、3人と握手を交わすと去って行った。

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最後に天生と交わした約束が「合唱 岬洋介の帰還」に繋がるわけですね。

高校時代といいピアニストになってからといい、かなり濃い人生を送っていて大変そうですが、本人はけろっとしているのが岬洋介というキャラの魅力の一つです。