中山七里『テミスの剣』あらすじとほんのりネタバレ感想まとめ

中山七里さんの長編小説「テミスの剣」は、ミステリーというより警察小説ものです。犯人は誰かという謎はありますが、中山さんの書く小説のあちこちに登場する「渡瀬」という食えない警部が、今の警部になったきっかけの事件を追った話のあらすじと感想をまとめました。

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「テミスの剣」書籍情報

司法制度と冤罪をテーマとした長編小説。「連続殺人鬼カエル男」「贖罪の奏鳴曲」など数多くの作品に登場する名脇役の警部・渡瀬を主人公としている。

  • テミスの剣(2014年10月/文藝春秋)

 

昭和59年、埼玉県浦和市で強盗殺人事件が起きた。当時、先輩刑事の鳴海とコンビを組んで浦和署で駆け出しの刑事をしていた若かりし頃の渡瀬は、ある一人の男を容疑者として逮捕した。犯行を否認する男に対して鳴海と渡瀬はあの手この手の暴力行為も厭わない取り調べで自白を強要し、男は渡瀬の言うがまま犯行を自供した。

裁判で男は改めて犯行を否認したが、国選弁護人は熱意がなく減刑を訴えるに留まり、一審二審ともに強盗殺人は男の犯行と認め、死刑が確定した。失意の中、男は獄中で首を吊って死亡した。

数年後、ある殺人事件が起きた。その事件と昭和59年の強盗殺人との類似性に気づいた渡瀬は、捕まえた犯人にお前があの事件の真犯人ではないのかと問いただした。答えはイエス。まさかと思いつつ既に退職した鳴海のもとへ行った渡瀬は、当時犯人の決め手となる重要な証拠とされていた物が鳴海のねつ造だったという信じられない告白を受けた。

自分が犯人だと信じて自白させた男は冤罪だったのだ。

激しい後悔と絶望に襲われた渡瀬は、信頼を寄せている恩田検事の協力のもと、職場の激しい妨害に遭い事件の真相を握りつぶされそうになりながらも冤罪の事実を公表した。それは連日紙面を揺るがすような大事件へと発展し、浦和署は粛清の嵐に吹かれた。

主な登場人物

【浦和署時代(昭和59年~平成元年)】

  • 渡瀬:浦和署の刑事をしていたが、冤罪事件の内部告発をきっかけに埼玉県警に異動となった。下の名前はいかつい顔に似合わない可愛らしい名前とのこと。
  • 鳴海健児:浦和署時代の渡瀬のパートナー兼指導役。ワンマンで、犯人を逮捕するためなら手段を選ばない。退官後は退職金で中古の一軒家を買い孤独に暮らしている。退職後に冤罪が発覚したためお咎め等は一切なし。
  • 堂島:鳴海退職後の渡瀬のパートナー。冤罪の責任を取って辞職。警備会社に勤める。
  • 恩田嗣彦:東京高検の検事。
  • 高円寺静香:高等裁の判事。冤罪の判決を下した責任をとって定年1年前に職を辞する。
  • 浦和署関係部署:冤罪事件の責任をとり、署長以下ほとんどが辞職する。
  • 楠木明大:強盗殺人事件で濡れ衣を着せられたまま死刑判決が下ったことに絶望し自殺する。
  • 迫水二郎:強盗殺人事件の真犯人。腕の良い鍵屋だった。無期懲役の判決を受け府中刑務所にて服役中。

【埼玉県警時代(平成24年)】

  • 渡瀬:警部。冤罪事件をきっかけに二度と間違えないことを誓い観察力を磨きあらゆる知識を欲している検挙率NO1。昇進よりも事件の現場に立ち部下を育てることに注力している。
  • 古手川和也:渡瀬の部下。合同捜査のため渡瀬の命で警視庁へ行っている。
  • 葛城公彦:警視庁刑事。迫水事件の担当。
  • 恩田嗣彦:さいたま地検の検事正。
  • 楠木辰也:明大の父。明大の逮捕を受けて会社に居づらくなり退職。農業を営んでおり、息子にありもしない罪を着せた渡瀬を憎んでいる。
  • 楠木郁子:明大の母。渡瀬を始め警察を憎んでいる。認知症を患い家に閉じこもっている。
  • 松山那美:明大が濡れ衣を着せられた事件の被害者の娘。事件当時北海道で暮らしていたが離婚後東京に戻り水商売をしている。
  • 高嶋恭司:迫水が逮捕された殺人事件の被害者の夫。
  • 生稲奈津美:引退した女優。冤罪事件時の何か重要な証言者。
  • 迫水二郎:模範囚として23年ぶりに塀の外へ出る。
  • 白須長雄:刑務所内で迫水と親しかった。服役中。
  • 尾上善二:埼玉日報の記者。迫水事件の関係者である渡瀬に近づいてくる。

事件勃発

4人もの人間を手にかけ無期懲役で刑に服していた迫水が、模範囚として府中刑務所を出所した。23年ぶりのことだった。だが出所してまもなく何者かによって殺害された。刑務所近くの公園のトイレで用を足している間のことで、わき腹を数か所刺されており凶器は見つかっていない。

警視庁から担当の葛城が、当時迫水を逮捕した渡瀬のところに訪ねてきたのをいいことに逆に彼から事件の情報を収集した渡瀬は、管轄外だと上司が再三注意するのにも耳を貸さず単独で捜査を始めた。さいたま地検の検事正へと昇進した恩田からもまた、事件に深入りしない方が良いという忠告を受けるが渡瀬の決意は変わらなかった。

楠木辰也はいまだに冤罪を作った渡瀬を許していない。妻の郁子は認知症を患い渡瀬を判断できない状態だった。両親を殺害された松山那美は事件当時は北海道にいて蚊帳の外だったためいつも苛々していたという。妻と幼い息子を殺された高嶋恭司は、思い出を全て手放し殺風景な暮らしをしていた。

関係者のところを回って驚いたことに、全員が迫水の正確な出所日時を知っていた。何者かによって手紙が送られてきたというのだ。だが迫水が殺された時、全員にアリバイがあった。楠木辰也は外で農作業をしているのを近所の住人が見ており認知症の妻は家の中、松山はバイトと一緒に店にいた、高嶋は出張で機上の人だった。

府中刑務所を訪ねた渡瀬は、迫水と親しかったという白須から、模範囚として大人しく過ごしてきた迫水がある新聞記事を目にした途端、悪党の顔を見せたという証言を得る。

白須の言葉を頼りに埼玉日報の記事をくまなく遡った渡瀬は、ある記事に目を止めることになった。当時の強盗殺人現場へ赴いた渡瀬は、運よく当時の第一発見者の話を聞くことができ、その証言をもとに引退した女優のところへと行く。彼女は事件当時、夫が経済事件と大麻事件を起こして大変な立場に立たされており、助けを求めるためにある男と関係を持ったことを話した。彼女の話を聞いた時、渡瀬には事件の黒幕が分かった。

黒幕は、自分に不利益をもたらす迫水の出所情報を事件関係者たちに教えることで、小さな熾火となってくすぶっていた被害者遺族たちの感情に再び火を点け、手紙を受け取ったうちの誰かが迫水を消してくれることを願ったのだ。

手を下した犯人と、犯人を操っていた黒幕がいる。

もう二度と間違えないと誓った渡瀬は目も耳も磨いてきた。犯人のアリバイトリックも凶器の隠し場所も分かっていた渡瀬は犯人に自首を求め、通常のやり方では落ちないだろう黒幕には当時のやり方を真似ることにした。

 

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テミスの剣というのは、ギリシャ神話の法の女神テミスが右手に掲げた剣のことです。前半は渡瀬が冤罪を作った事件とその顛末について、後半は20年以上もの月日が経って起きた殺人事件についてと2部構成になっています。

前半は冤罪という重いテーマをこれでもかというほど真正面から書いた分、目をそむけたくなるようなシーンも出てきますし渡瀬の絶望や苦悩が前面に現れエンターテイメントだと言い切るのも難しいですが、後半は犯人捜しというミステリー仕立てになっていて読みやすいですし、いつものどんでん返しと黒幕に対する胸のすく展開が待っていました。

後味のよくない話でしたが、最後のエピローグでは希望が持てる終わり方をしており渡瀬に対する見方が変わる一冊でした。脇役としては唯我独尊、傍若無人な人物像ですが、本当は思慮深い人でした。

それにしても、吹き出したくなるような渡瀬の可愛らしい下の名前って何なんでしょうね? 案外静とか円だったりして。