法月綸太郎『パズル崩壊』あらすじとほんのりネタバレ感想

法月綸太郎さんの短編「パズル崩壊」のあらすじと感想をまとめました。前半は葛城警部を軸に据えたミステリー物、後半からはミステリーの枠にとらわれない短編という構成でした。短編とに感想に差がありますが総じて面白かったです。

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「パズル崩壊」書籍概要

短編集。「重ねて二つ」「懐中電灯」「黒のマリア」「トランスミッション」「シャドウ・プレイ」「ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?」「カット・アウト」「……GALLONS OF RUBBING ALCOHOL FLOW THROUGH THE STRIP」の8作品が収録されている。

  • パズル崩壊(1996年6月/集英社)
  • パズル崩壊(1998年8月/講談社ノベルス)
  • パズル崩壊(1999年9月/集英社文庫)
  • パズル崩壊(2015年12月/角川文庫)

重ねて二つ

ホテルの客室で男女の遺体が発見された。女優の如月マリエと俳優の真木俊彦だった。どちらも上下で体を真っ二つにされており、女性の上半身と男性の下半身をくっつけた形でベッドの上に置かれていた。女性の下半身と男性の上半身は室内で見つかっておらず、遺体損壊はバスルームで行われたものと思われる。通報者は第一発見者で被害女性の夫、映画監督の岩見だった。彼は事故で車いす生活を送っており、何者かに部屋に呼ばれていったところを殴られて昏倒し目が覚めた時には現状が作られていたらしい。遺体の状況から被害男性は先に別の場所で殺され下半身だけをホテルに持ち込まれたことが分かった。被害者二人の密会をスクープするため事件現場となった部屋への出入りを張っていた記者の証言によると、岩見が部屋に入るところしか見ていないという。犯人はいかにして真木の下半身を持ち込みマリエの下半身を持ち去ったのか、警視庁の葛城警部が事件に挑む。

 

容疑者は事故で下肢を失い車いすでの生活を余儀なくされている夫です。人目に付きやすく記憶に残りやすい男がどうやって被害者2人に細工を施したのが焦点となっています。意外なトリックが使われていることが分かりましたが、実際にはできないと思います。心理的にも物理的にも。血まみれの遺体なんて証拠が残りすぎです。トリックの奇抜性を楽しむ短編でした。

懐中電灯

窃盗で生計を立てていた片桐は、競艇場で知り合った矢島にATMから1,000万円を強奪する計画を持ち掛けられる。銀行員の矢島が手引きを行い片桐が実行するという内容だった。計画はうまくいったが矢島に対し嫌悪感を抱いていた片桐は彼の口を塞ぐことにした。矢島を言いくるめて山奥まで連れていき殺害する。道すがら片桐の懐中電灯が切れているのに気づき、通りがかりのコンビニで新品の電池を矢島に買いに行かせたが片桐の車も顔も見られてはいない。計画はうまくいき矢島の遺体が発見されたものの片桐のところまで警察の手は伸びてこなかった。1年後、強奪した金が底をつき片桐は「仕事」を再開したが、ブランクがあったためか警備員に見つかり逃走中に懐中電灯を落としてしまった。足のつかない量販品だとタカをくくっていた片桐だったが警察に捕まった。落とした懐中電灯が間違いなく片桐が買い彼が使い続けていたものだと確認した葛城警部は、一年前の現金強奪事件と矢島殺害事件を持ち出してきた。

 

窃盗常習犯の片桐は顔を見られないようにだとか、指紋等の証拠を残さないことには相当気を遣っていたと思われます。矢島が触った懐中電灯も触ったと思われる個所の証拠隠滅はほどこしたことでしょう。にもかかわらず懐中電灯が強盗と殺人という2件の犯行の決め手になってしまいました。遺体で発見された矢島のポケットに新品の乾電池が入っていたことが事件を解く鍵になりました。ちょっとした盲点を突いた話でした。面白かったです。

黒のマリア

居残りで書類仕事を片付けていた葛城警部と仲代刑事のもとに黒衣の女性が訪れた。先日片付いた池袋のビルで起きた美術商殺しの件で腑に落ちないことがあるという。事件発覚時、通報を受けて駆けつけた警官によって壊されたドアの他、2か所ある窓はどちらも施錠されていた。ソファには頭をブロンズ像で殴られたらしき美術商の遺体、外から施錠されていた大型キャビネットの中には両手両足を拘束され口をテープでふさがれた状態の女性事務員が衰弱した状態でおさまっていた。また美術品を保管していた気密性も完璧な金庫からは窃盗常習犯の男の遺体が発見された。こちらは窒息死だった。密室状態の室内から殴打された男性遺体、金庫の中での窒息死、拘束された女性(存命)以外の人物は見つかっていない。一見不可能な状況での殺人事件について黒衣の女性は、自分の父親が描いた「黒のマリア」という作品の呪いだと主張するが、葛城警部は間の悪い偶然が重なっただけで不可能犯罪ではないと言い切った。

 

犯人当てではなく、一体どういう過程を辿って現場は形成されていったのかを推理していく話でした。テレビ局の依頼で書かれた推理ドラマの原案をノベライズしたものとのことです。3つの密室の謎、挑戦し甲斐があっただろうと思います。

トランスミッション

僕のもとに一本の間違い電話がかかってきた。ヤスナガカズヒコという子どもを誘拐したという電話だった。110番して終わりだった筈が電話帳で心当たりを調べてみると、僕の家の電話番号と下2桁が入れ違っている安永家が存在していることが分かった。誘拐犯が喋っていた内容を、犯人を装ってそっくり安永家に取り次いだのをきっかけに、間違い電話をかけ続けてくる誘拐犯の言葉を、犯人を装って身代金の交渉を終える所まで取り次ぎ続ける。あとは安永家が犯人に身代金の受け渡すだけ、これで誘拐事件とは無関係になったと自分に言い聞かせる僕だったが、気になってお金の受け渡しが行われる公園へと走った。すると聞き覚えのある声とともに後頭部に衝撃が走り僕は気を失った。

 

設定はすごく面白いです。でも結末がいまいち腑に落ちないというか、作者に置いてけぼりをくったような感覚に襲われる短編でした。あとがきによると「割り切れる小説を書く気はなかった」とのことなので、意図通りだったと思われます。ミステリー小説にはすっきり感を求めたいです。

シャドウ・プレイ

作家の羽島彰には自分そっくりの人物・ドッペルゲンガーがいて街のあちこちで知り合いがそれを目撃しているらしい。羽島には殺したいほど憎んでいるX氏という人物がいた。X氏が自宅で何者かに殺害された時刻、羽島はトラックに轢かれて即死していた。半年後、羽島の友人である僕のもとに羽島が訪れた。腰を抜かすほど驚いた僕に対し、彼は自分は羽島ではないといいDと名乗った。D氏は羽島の遠縁で顔立ちや背格好が羽島そっくりだったのだ。D氏は子どもの頃の出来事で羽島を恨んでいた。ドッペルゲンガーを装って羽島を精神的に衰弱させるのが狙いだったらしいが、僕はD氏が羽島と共謀してX氏を殺害したのではないかと睨んだ。

 

劇中劇のような構成で、羽島という作家が次回作の構想を友人である僕に電話で話して聞かせるという内容だと思うのですが、登場人物に作家自身が登場しているのでどこまでが劇中劇なのか次第に曖昧になってきます。最後のどんでん返しでドッペルゲンガーという素材と羽島がしょっちゅう電話をしてくる理由が活かされていて、ややこしいけれど面白い一作でした。

ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?

探偵のリュウ・アーチャーはジェラルド・キンケイドの依頼で行方不明になった孫娘のアリスを探し出し連れ戻ることになった。アリスは車で一時間ほど離れた<隠者の家>と呼ばれるドラッグ漬けのSF作家、フィリップ・デッガードの家にいた。彼の家には同じような状態の人間が何人もいた。麻薬に冒されているアリスを家から連れ出し家に送り届けたリュウだったが、翌日ブラッドリー警部から、デッガードが7つも錠前が付いた部屋で死んだことを知らされる。銃を口にくわえて引き金を引いたのだと言う。自殺か他殺かは分からない。その後アリスの母・シャーロットとデッガードが生き別れた二卵性の双子だということが判明し彼女に容疑が掛かりかけたが、犯行時刻、シャーロットが車で隠者の家を往復することは不可能だった。

 

このあたりからパズルが崩壊しているような気がしないでもないです。「え?そんな結末?」と真面目に謎を解こうとすると足元をすくわれます。これをユーモアと取るかトリック(ミステリー)を馬鹿にしていると取るかは読者次第ですが、まさにSFの世界ですね。あとがきによると、リュウ・アーチャー対フィリップ・K・ディックとのことです。

カット・アウト

若い頃、ニューヨークで研鑽しあった仲間・モダンアートの第一人者、桐生の訃報が届いた。十五年前単身渡米して以降、はがきが一枚送られてきたきりの相手だった。あることがきっかけで桐生とは交流を断っていた篠田だったが、桐生の甥から遺品に関する相談があると言われ岡山へと向かった。篠田と桐生にはニューヨークで知り合った三島聡子という仲間がいた。のちに桐生の妻となる聡子は、帰国後に病に倒れ入院生活を送っていた。その後自宅療養に切り替えたが病状は回復せずにそのまま亡くなった。桐生から聡子の訃報を受けて自宅へ駆けつけた篠田は、桐生が医者に連絡することもなく、亡くなった妻の裸体をキャンバスに見立てて新作を描くという「奇行」を目の当たりにし、彼と袂を分かったのだ。

教師をやっている甥の岳彦の案内で美術準備室へと足を運んだ篠田は、篠田が渡米前に描いた作品を見せられる。それは篠田が桐生と断交するきっかけとなったもう一枚の絵だった。

 

甥の見せたものは、なぜあの日桐生が「奇行」を行ったのかが分かる遺作でした。日本が第二次世界大戦からの復興をしつつある時代という背景が重みとなっています。厳密にはミステリー小説ではないでしょうが面白かったです。ラストは少し感動しました。

……GALLONS OF RUBBING ALCOHOL FLOW THROUGH THE STRIP

作者によるとボーナストラックとのことで、この短編内で唯一名探偵・法月綸太郎が登場します。あるバーで、作家と探偵の一人二役をする自分自身に苦悩する綸太郎が、役者の卵と小さな交流を描くシーンが書かれています。

独立した短編ではなく長編の書き出しの一章とのことで、続きを読んでみたいものですが難しいでしょうか。

 

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名探偵法月綸太郎ではない、もっとシニカルな探偵役で警視庁捜査一課の葛城警部が登場しました。これはこれでシリーズ化しても良いのでは?というくらい推理も冴えていましたが、彼はある事件によってポカをやらかしてしまい(「身投げ女のブルース」法月綸太郎の新冒険)残念なことになりました。