大倉崇裕『琴乃木山荘の不思議事件簿』あらすじとネタバレ感想

大倉崇裕さんの「琴乃木山荘の不思議事件簿」のあらすじと感想をまとめました。

竜頭岳を臨む標高2200mにある山小屋「琴乃木山荘」でアルバイトをする訳アリな絵里を主人公に据え、探偵役をベテランアルバイト・石飛が務める短編集です。山というと自然が相手の厳しいものというイメージですが、この本は山小屋が舞台の人間相手のミステリーです。ライトな物からヘビーな物までバラエティー豊かな一冊でした。

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「琴乃木山荘の不思議事件簿」書籍概要

棚木絵里は、標高2200mにある山小屋「琴乃木山荘」で働くアルバイト。山荘の目の前には標高2750mの竜頭岳が聳える。生真面目で繊細なオーナーの琴乃木正美。年齢不詳・正体不明なベテランアルバイトの石飛匠。絵里は彼らと、山で起こる「不思議なできごと」の真相に挑む。「この小屋、出るでしょう?幽霊」アルバイトの斎藤まゆみは、テント場の先の林の中で人魂を見かけ、さらに男の登山者の幽霊に取り憑かれていると言う。人魂、そして幽霊は本物なのか。絵里はその正体を見破れるか―。(第一話「彷徨う幽霊と消えた登山者」)ほか、わずかな手がかりから真実を導き出す全七話を収録。気鋭のミステリ作家が挑む「山岳×日常の謎」の新機軸!「BOOK」データベースより

  • 琴乃木山荘の不思議事件簿(2018年6月/山と渓谷社)

彷徨う幽霊と消えた登山者

夏場の目の回るような忙しさも過ぎ、宿泊客のいないのんびりとした日になった。ほとんどのアルバイトが下山していき、今年が初めての山小屋でのバイトだった棚木絵里も閉山式のあとに下山することにしていた。オーナーの琴乃木と絵里、先輩アルバイトのまゆみと食後に呑んでいた時、まゆみの様子がいつもと違うことに気が付いた。尋ねると、二晩続けて幽霊を見たのだと言う。

まゆみは昼間にも3日間続けて同じ男を見ているという。初日のリュックの大きさ以外は服装も靴の汚れ方も同じなので同一人物に間違いないが、山小屋に一度も泊まっていないことは確認済みだった。毎日午後に現れて忽然と姿を消すその男が、夜中の2時過ぎに人魂を飛ばしているのだと言う。男は幽霊ではなくこの辺りにビバークしているだけではないかという絵里に対し、何のためにそんなことをするのかという疑問にぶつかってしまう。

そんな時、外からベテランアルバイトの石飛が携帯を手に戻ってきた。ぴんときた絵里が真夜中の人魂の正体は石飛の携帯の光ではないかというと、正解だった。石飛もまゆみと同じ人物を気にしており、何度も山に現れては姿を消す男のことを調べていたらしい。人目につかない場所に男が置いていったと思われる荷物を発見した石飛は、男の行動の意図を知りXデーは今週末だと言った。週末の土曜、石飛の残したメモを手に幽霊騒ぎの元になった男が山小屋に現れた。

 

家族思いのお父さんが、息子との約束を守るためにしていた行動でした。一話目とあってかほほえましい話でした。

雪の密室と不思議な遭難者

3月半ば、5か月近くを下界で過ごした絵里は、まだ雪深い琴乃木山荘へ客として戻ってきた。山小屋はオーナーと石飛、絵里の3人だけだった。あと2人いるアルバイトの八木、山城はそれぞれ休暇をとって下山中だった。オーナーは、先日山城の友人・渡良瀬がこの山小屋にやってきた時に3人で撮ったという写真を見せてくれた。オーナーと2人でのんびりと世間話や今後のアルバイトについて話をしていたところ、石飛が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。岩飛が示す窓の外、離れの方からチラチラと淡い光が見えていた。

真っ暗な雪道を3人そろって慎重に進み離れに到着してみたところ、施錠された部屋の中には一人の男がぐったりと倒れていた。チラチラと見えた光は、蝋燭の火だった。男は酷い汗をかき高熱に苦しんでいた。寝袋と蝋燭しかない荷物に訝しみながらも山小屋へと運び、石飛と絵里が徹夜で看病をするなか、オーナーはヘリコプターの手配などで慌ただしい一夜となった。

翌朝ヘリコプターが男を運んでいった頃、山城が戻ってきた。何があったのかと尋ねる山城に絵里が事情を話すと、みるみると青ざめていく。一方石飛は考え事をしていた。あの男がどこの誰で、なぜあの離れにいたのか。男が病院で意識を回復すればすべてが明らかになるが、徹夜で動いていたオーナーの姿を見ていたら黙っていられないと、ほぼ当たっているだろうという真相を話した。離れの前に積もっていた雪には足跡がなかった。ここ最近の悪天候を考えれば、少なくとも7日前から男は離れにいたことになる。だが3日に一度、八木と山城が離れの鍵を開けて中を確認しているが2人とも男の存在には気づかなかった。また男は碌に荷物も持っていないわりに、まめに髭をそっていたのか顔だけはこざっぱりとしていた。

さまざまな事象と状況から、石飛は男の協力者が山小屋の人間の中にいると言った。

 

協力者は、男をかくまうためにこっそりと離れに滞在させていたようです。2~3日のつもりが悪天候と体調不良が重なり、今回の事態に発展したようです。

駐車場の不思議とアリバイ証明

かつて標高1200m地点に大樂小屋が、1300m地点に第二大樂小屋があったもののオーナーが腰を痛めたのを機に火の車だった小屋経営が終了し、今はすっかり荒れた場所になっていた。再び琴乃木山荘でのアルバイトを始めた絵里は、石飛に誘われて大樂小屋へと向かいそこで待ち合わせていた佐伯武という男と会った。オーナーと岩飛の知り合い・県警の山岳遭難救助隊に所属する専門は犯罪捜査という原田から相談され、石飛は佐伯が抱えている謎を詳しく聞きにきたのだという。

約1年前の6月、佐伯は友人の神田良二と一緒に当時まだ経営していた大樂小屋の駐車場に車を停め、竜頭岳に登った。初日は琴乃木山荘に一泊し翌日ピークを踏み下山した。梅雨時だったためか雨続きで展望は悪かった。大樂小屋へと戻ってきた佐伯は、神田の車が移動しているのに気が付いた。一番右端に停めた車が、下山した時は右から2番目の位置にいたという。車の鍵は神田が持っていたため勝手に移動することはできない。大樂小屋の男性にも尋ねてみたが、動かしてはいないという返答だった。

今更なぜこのことを蒸し返すのかと尋ねる石飛に対し、佐伯は神田が殺人事件の容疑者としてマークされたことがあったためだと答える。悪徳商法の元締めだった男が殺され、神田に似た人物が現場から逃げ去るのを目撃されていた。だが殺害時刻、神田は大樂小屋から自宅に戻るために佐伯と一緒に車に乗っていたためアリバイは成立した。事件は未だ解決せず、独自に調べていた原田が、新しい手掛かりが見つかったかもしれないと佐伯に当時のことを根ほり葉ほり聞きにきたらしい。それは雑誌に投稿された読者の恐怖体験を載せたコーナーで、R岳の下山中に道に迷い深い霧の中をさ迷っていたところ、突然黒い小屋が現れ中から飛び出してきた魔物に襲われた、というものだった。R岳というのは竜頭岳だと推測される。

その話を聞いた石飛は、全ての答えが出るといい、絵里と佐伯を伴ってある場所へと向かい始めた。到着した場所で石飛は、佐伯が体験した車が勝手に移動した謎、読者の恐怖体験、悪徳商法の元締め殺しを1本に繋ぐ推理を披露してみせた。

 

車が勝手に移動した謎は、神田のアリバイトリックの一環でした。友人の神田にまんまとアリバイ作りに利用されていたと分かった佐伯はショックを受けていましたが、最終的には石飛の勧めに従って原田に連絡をとったようです。

最初はほのぼのとしていましたが、だんだんと物騒な事件ばかりになってきました。

三つの指導標とプロポーズ

7月下旬、登山客で込み合う琴乃木山荘の一角で浮かない顔の男に気が付き、絵里は思わず声を掛けていた。男は彼女にプロポーズをするつもりで琴乃木山荘で待ち合わせていたものの、彼女が一向にやってこないというのだ。役に立ちそうもない慰めの言葉をかけ離れるしかない絵里だったが、切迫した様子の石飛から突然試験問題が出題された。

1時間ほど下ったところにある喜代の湯からこの山小屋までの要注意箇所は?という問題だった。答えは全部で3か所、それぞれに注意書きの書かれた看板が立っていると要所要所の説明を加えつつ完璧な回答をする絵里に対し、石飛は2年連続で下から一つずつ看板にいたずらをされていると話す。幸い2件とも気づいたのが早かったため大事には至らなかったが、下手をすれば遭難者が出る大事故へと繋がる。おととしは7月21日、去年は7月22日、同一人物の仕業であるなら、今年は本日7月23日に看板に手を加えられる恐れがあった。石飛の携帯が鳴り、問題が発生したと一報が入った。岩飛の依頼で警戒していた人物から、3つ目の看板にいたずらされたという内容だった。

いたずらされたと推測される午後12時以降の登山客に片っ端から話を聞いて回り、喜代の湯からも情報を集める一方、間違った看板によって道を外れた人間がいないか確かめるため、石飛と絵里は通常のルートを外れて歩き始めた。絵里は、桜の形をした真鍮の髪飾りを見つけた。汚れ具合から見てごく最近落とされたものだという。オーナーが持ち主の女性を知っていた。電話で話を突き合わせていくうち、絵里が山小屋で声を掛けた男性が待ち望んでいた女性だと分かる。同じ景色ばかり続き見つからない中、絵里がオーナーから聞いた女性の携帯へ電話をかけてみると、風に乗ってかすかに音が聞こえた。女性は強風にあおられて転倒し意識を失っていたが、けがの具合や体調などは安定していた。

石飛は、看板にいたずらをした犯人は5年前の遭難事故で一人息子を亡くした両親だという。犯人は最初から分かっていて何とか見つけ出して止めようと思ったが駄目だった。絵里はすぐにでも犯人のところへ行くべきだと言い募ったが、石飛は証拠はないので見守るしかないというだけだった。

 

看板にいたずらをした犯人を見つける話ではなく、いるかもしれない遭難者を見つける話でした。すっきりしない気もしますが、男性のプロポーズは成功したらしく琴乃木山荘で結婚式を挙げるという夢は叶いそうなのが救いです。

石飛匠と七年前の失踪者

7年前に嶺雲岳に登山した4人グループのうち、河内という男がテントもそのままにして姿を消した。残った3人、リーダー格の黒木、浜崎貴美子、斎藤司が琴乃木山荘のオーナーに呼ばれ集まっていた。消えた河内は絶対に儲かるという投資話を仲間にもちかけ、3人ともがなけなしの金をふいにされていた。借金返済や遊ぶ金ほしさのことだと3人は了解していたため河内の失踪に関して疑われたものの、黒木が偶然撮影してたビデオの映像から、河内以外の人間がテントから出ていく姿が確認できなかったため、結局警察が動くことはなかった。黒木は登山用の装備品はテントも含め全て処分し、貴美子はボロボロになった服以外は全て持っているといい、斎藤は山登りをやめたがどこかにしまってあるはずという。

オーナーは確実とはいえないものの河内を目撃したといい、5年前の登山ノートを3人と同席していた絵里に見せた。登山客らが自由に書き込んでいるノートのある一文を目にした3人の顔色が変わった。河内の字に似ているという。またオーナーは従業員が書いた外泊許可願いの紙を見せる。4年前に石飛が書いた筆跡は、5年前の登山ノートの字と酷似していた。石飛が働き始めて1年目のものだといい、長い年月をかけて少しずつ筆跡を変えていったらしく、絵里が知っている今の石飛の筆跡とは異なっていた。驚きを隠せない絵里の前で、オーナーは5年前の登山ノートと4年前に石飛と名乗って山小屋で働き始めた男は同一人物だと言い切った。言われてみれば、石飛は正体不明なところも多く写真を撮られるのも嫌がる。石飛=河内なのか。オーナーに言われて石飛を呼びに行った絵里だったが、彼は忽然と姿を消していた。

7年もたって思いがけない事実を知らされ動揺した3人は、今更余計なことをしたとオーナーをなじると部屋から出て行った。絵里も同様の気持ちだった。オーナーはここで穏やかに暮らしていた石飛の過去をいたずらに暴いただけだった。

岩飛が消えて2日後、絵里はオーナーが電話で石飛相手に話しているのを偶然耳にした。ここに戻ってくるため石飛は喜代の湯を出発したところだという。オーナーの対応に失望していた絵里はこっそりと荷物をまとめ山を下り始めた。軽快に登ってくる足音が石飛のものだと知ると、かち合わないよう木の陰に潜んだ。だがそこにもう一人誰かが現れたらしい。ただならぬ気配にルートへと戻った絵里は、ある人物が石飛を組み敷き、彼の首に手をかけようとしているのを目の当たりにした。

 

ある人物とは3人のうちの一人でした。オーナーと石飛は3人のうちの誰かが河内を殺したと考え、犯人をあぶりだすために背格好の似た石飛が河内に成りすますという一芝居を打ったのでした。絵里はオーナーの話に信ぴょう性を持たせるためのいわゆる「敵を欺くにはまず味方から」に抜擢されていました。

竜頭岳と消えた看板

一緒に山に登りガイドをしていた弟が病で急死して以降気力を無くしたという安芸和宣が山を下りる決意を固め、琴乃木山荘でオーナーやアルバイトらと酒を酌み交わしていた。安芸兄弟は琴乃木山荘とも縁が深く、絵里はもちろん全員が安芸の選択を残念がっていた。

翌朝、竜頭岳へのピークへ向けて山小屋を出発するつもりだった絵里だが、同行する石飛が表情を変えた。指さす方向に目をやると、重さ20kgはある琴乃木山荘の看板が消えていた。はしごを掛けた跡が残っていたことから、夜、何者かが持ち去ったと思われる。まもなく電話番のアルバイトが、竜頭岳のピークで看板が見つかったと言う連絡を受けた。

竜頭岳は琴乃木山荘を通る基本ルートの他、功刀岳経由からもルートが整備されていて登ることができるが、距離的にかなり離れているためか利用者は減少傾向にあるらしい。石飛から説明を受けながらピークについた絵里は、ルートの脇に置かれた看板を見つけた。空を見上げて天候をチェックした石飛は全部判ったと笑い、看板を琴乃木山荘まで戻すため応援を呼び始めた。重い看板を持って下山するには技術も体力もある人間が最低4人が必要だという。応援が駆け付けるまでの間、石飛は看板が消えた謎となぜ犯人たちは今のタイミングでこのような騒動を起こしたのかという説明を始めた。

 

山好きな男を引き留めるために、仲間たちが知恵を絞って起こしたいたずらでした。言葉では安芸の決意をひっくり返せそうにないため、安芸自身を山頂に立たせようというのが動機でした。山には登らないという安芸を、登らざるを得ない状況におき翻意させたかったようです。石飛が呼んだ応援の中に、先頭に立って山を登ってくる安芸の姿はありました。

棚木絵里と琴乃木山荘

絵里のアルバイト期間は3月までとなっていたが、山を下りるのかどうか迷っていた。下界には絵里を悩ませているある謎があった。尊敬する元上司・江島里水がメールで送ってきたファイルだった。6桁の暗証番号を入力すると開くようになっており、当時の里水は2日以内、会社の人間であれば誰に聞いても良いと「2月21日正午 石垣島 ハバロフスク 富士山」というヒントを出していた。その里水は2年前、歩道橋から転落して亡くなった。絵里にメールを送った直後、終電に間に合わせるためか急いで会社を出てそのまま歩道橋から落ちたらしいと聞き、絵里は責任を感じていたのだ。結局暗号は未だ解けていないが、話を聞いた石飛はすぐに分かったらしい。

里水は小さな出版社で雑誌の編集長をしていた。彼女の才能で持っていたもので彼女の死をきっかけに閉鎖した。夫の江島建人は別の大手出版社へと移り今では業界内でも評判の旅行雑誌の編集長をしている。その江島から絵里は正社員として打診を受けているものの、自分の進む道に迷い返答を延期し山小屋でのアルバイトを続けていた。そのリミットが3月、絵里のいる琴乃木山荘に江島もやってきていた。

石飛からヒントを貰いつつ絵里は6桁の暗証番号を解いた。ファイルの中身は、当時出版社でアルバイトをしていた絵里が里水に出した企画を了解する返事だった。一緒に添付されていた里水の自撮り画像を見る石飛の表情は険しい。そして絵里もその写真に違和感を覚えた。里水はあの日、終電に飛び乗るために急いでいたのではなく、最初から会社に泊まり込むつもりだったのではないかと考える。つまり彼女の死は事故ではなく……石飛が里水の死の真相と、江島が常に絵里を気遣い正社員にと声をかけてくる理由を話し始めた。

 

石飛はひそかに県警の原田を呼んでおり、江島が自分の妻である里水の死に関わっていることを漏らしてしまうのを聞いていました。彼女に事件については再捜査が行われることになりました。絵里が2年間抱えていたものは、ひとまずの決着がついたようです。

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山小屋にまつわる日常系ミステリーかなと思いきや、2話目以降はなかなか怪しい事件が続き、最終的に絵里の上司の事故死までもが殺人であることが判明していました。基本的には現場を直接見て推理を行っている石飛ですが、安楽椅子探偵をする時もあり、かなり万能な探偵だったと思います。

これ一冊で終わるのはもったいないので、シリーズ化してほしいです。