米澤穂信「ベルーフ」シリーズ第2弾『真実の10メートル手前』あらすじとネタバレ感想

米澤穂信さんの「真実の10メートル手前」のあらすじと感想をまとめました。

王とサーカス」の主人公、太刀洗万智を主人公としたシリーズの短編集で、最初の短編が「王とサーカス」以前のもの、2話目以降が「王とサーカス」後という設定になっています。

「王とサーカス」ではジャーナリズムのあり方について悩んでいた万智が、冷静に事件を見つめる姿を見ることのできる1冊でした。

「真実の10メートル手前」書籍概要

高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの大刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める。大刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、大刀洗万智の活動記録。「綱渡りの成功例」など粒揃いの六編、第155回直木賞候補作。

  • 真実の10メートル手前(2015年12月/東京創元社)
  • 真実の10メートル手前(2018年3月/創元推理文庫)

真実の10メートル手前

経営破綻し詐欺師同然の扱いをされたベンチャー企業の経営者・早坂一太とその妹・真理が姿を消した。彼らの妹・弓美から連絡を受けた万智は、新聞社の後輩カメラマン藤沢を伴って山梨県へと向かった。弓美は真理からかかってきた電話を録音しており、その会話の内容から真理が山梨にいるのではないかと見当をつけたのだ。山梨は真理の父方の祖母の家がある。

電話がかかってきたのは夜の9時頃、真理は酒に酔っていた。言葉が上手でわりと格好いい男性に介抱されたと話す真理は、タイヤがあれで移動ができない、うどんみたいなのを食べて暖かいから平気などと一方的に話して通話を終えていた。

万智はあらかじめ街に詳しいタクシードライバーを手配していた。運転手の案内で昼食に向かったのは、街から遠くて場所が良くないという農地にぽつんと経つ一軒家だった。なぜ万智がここを選んだのか、不審に思う藤沢は万智に教えられた名物のほうとうを頼む。提供されたほうとうは「うどんみたいなの」だった。

万智の推理によって真理を介抱した男性を見つけ出した2人は彼から話を聞き、河川敷にぽつんと止まる車を発見した。車から10mの距離をあけてカメラを構える藤沢に万智は尋ねる。カメラをズームした藤沢は、「目張りがしてある」と万智の質問に答えた。

 

姿を消した真理の行方を捜してほしいという妹の依頼も受け、取材を兼ねて出張した2人でした。会話の内容だけで真理の行き先を絞っていき、居場所を突き止めた万智の推理力はすごいです。まだフリーになっていない頃の話なので、情報を伝えるという役割を果たしたのだと思います。

正義漢

電車への飛び込み事故で帰宅ラッシュ中のホームはごった返した。男は、ホームの端の方にしゃがみこむ女を見かけた。その口元には笑みが浮かんでいる。女は鞄の中からメモ帳を取り出すと、凄い勢いで書きつけていく。そして人の目も気にせず携帯電話で何度も事故現場に向かってシャッターを切る。次はボイスレコーダーを出してきた。「事件記録」と声を張り上げた後は、ぶつぶつとしゃべっているのが見えた。記者だと分かった。

事故ではなく「事件」と言ったのが気になった。男は周囲を苛立たせている女性記者へと注目していた。女は携帯電話にかかってきた電話に出ると、昂揚した表情を浮かべる。そんなに人身事故が嬉しいのかーーその直後、女はこちらを振り返り、男に視線を合わせた後ゆっくりと近づいてきた。「人を線路に突き落とした感想はいかがですか?」女が言った。

 

犯人視点での短編でした。電車に轢かれた男が、通話中「うわっ」という声を上げたのを耳にし、万智はとっさに一芝居打ったのでした。自分に注目し近づいてくる人間に注意を払うよう一緒にいた同僚に頼んでいました。轢死した男は傍若無人で迷惑なふるまいをして周囲を苛立たせ憎まれていたため、それが犯行動機と見抜いてのお芝居でした。

恋累心中

高校生の高伸と茉莉の心中は、恋累(こいがさね)という地名も合わさって世間の注目を浴びた。新品のノートにそれぞれ遺書を書き、ワインに入れた毒物を呷っての心中とみられたが、まず高伸が川の橋脚にひっかかっていたのが発見され、その引き上げ作業中に川を見下ろす崖の上でナイフで喉を切って倒れていた茉莉が見つかった。ノートには遺書のほか、乱れた字で「助けて」と書かれていた。死因はそれぞれ溺死と刺殺。警察は自殺、他殺両面で捜査を始めた。

取材のため現地へと向かった都留に、事件関係者らと取材許可を取り付けてくれたり、効率的な移動ルートを組んでくれる取材コーディネーターがつくことになった。名前は太刀洗万智。フリーのライターだが、別件で現地入りしていたという。万智の手配で、茉莉の元担任と2人が所属していた天文部の顧問に取材ができることになった。

万智は教育委員会や県会議員に、蓋をあけるといきなり燃え上がる発火装置が送り付けられた事件を取材していた。元担任、部活動顧問の2人からはさしさわりのない話しか聞けなかったが、元担任は30年の間同じ高校にいること、理科主任の顧問が今年の春から備品管理をすることなどが分かった。県の方針で今後備品の管理体制が厳重になるらしい。前任者がいい加減だったから苦労していると顧問はこぼしていた。

茉莉は妊娠していた。父親は身内の男らしいが、分家筋の茉莉の両親はだんまりを決め込んだ。高伸は相手の男のもとへ乗り込んだがぼこぼこにされ、また誰も味方になってくれず絶望していた。

ワインに入っていた毒物が黄燐だと分かった。空気に触れると発火し、毒性は非常に強いが即死はしないらしい。万智は、黄燐が2人の通っていた学校で管理されていたものだと考えていた。現管理者の顧問、前管理者の元担任、どちらも容易に黄燐を手に入れられる立場だった。

 

高伸と茉莉が世間に絶望し自殺を図ったことは間違いないのですが、毒物の入手時に第三者の意志が介入していました。即死できずに苦しんだ2人は、その最中に「助けて」と綴ったのでした。

2人に毒物を渡した人間は、彼らの意を汲んだのではなく、自分の保身のためだけに黄燐を選んで渡しました。

名を刻む死

無職の一人暮らし・田上良造の遺体が発見された。体はやせ細り胃の中は空で、衰弱死とも病死ともつかない。発見者は近所の中学生・檜原京介で、普段元気な田上がしばらく姿を見せない事を心配して家を覗いたのだという。田上は日記をつけており、中に「名を刻む死を遂げたい」という一文もあった。

万智は田上の人となりを知るため京介に接触した。数々の取材を受けていた京介は、他とは違う取材を行う万智が気になり、田上の息子に会うと言う彼女に同行させてもらうことになった。道中、万智は京介に田上が新聞に投書したという何枚かのコピーを渡して読ませた。また公表されていない資料として、亡くなる直前に田上が書いていたと思われるアンケートのコピーを見せる。

田上とその息子の関係は良好とはいえなかった。息子は父親のことを、自分以外はクズにしか見えない病気だったと断じ、何をしても蔑むような言葉しか言わなかったらしい。

取材を終えて「名を刻む死」とは何だったのかと尋ねる京介に、万智は「肩書つきで死ぬこと」と答えた。田上の新聞の投稿は全て元会社役員とつけられていた。田上は肩書きにこだわる人間だった。だがアンケートの職業欄には無職に〇が付いていた。万智はある仮説を立てた。

 

田上の死に不審はありませんでしたが、助けられる立場にいた人間に見殺しにされたことを万智は示唆しました。

同じく近所に住んで田上が弱っている姿を目にしており、助けられるはずだったのに見ているだけだったと罪悪感に駆られていた京介に対し、万智はそうじゃないと説明しました。第一発見者として取材を受けたことで目に見えない相手から悪意をぶつけられた京介にとっては、忘れられない出来事になったようです。

ナイフを失われた思い出の中に

マーヤの兄・ヨヴァノヴィチは、妹の友人だった万智に会うためある街にやってきた。万智は16歳の少年が3歳の姪を刺殺した事件について調べており、ヨヴァノヴィチは万智の取材に同行することにした。

良子と3歳になる娘の花凜はアパートで二人暮らしをしていた。事件当日、男の大声に気づいてアパートを見た目撃者は、胸をはだけた花凜の上にまたがっている少年・良和が、花凜にポケットナイフを突き立てているのを窓越しに見た。刺し傷は10か所を超え、最初の心臓への一突きで即死、警察が到着した時、良和は花凜のパジャマの上を持ち去っていた。良子と良和は姉弟で、良和はアパートの合鍵を持っていた。事件の日、良子は、眠った花凜を涼しい場所に移し、おやつとしてスイカを切って置いたあと3時間半ほど買い物に行っていたと供述している。

逮捕された良和は手記を書いていた。自分が花凜を殺害したこと、殺害に至る経緯、自分が正常であることなどが詳細に記されていた。英語でヨヴァノヴィチに手記を読んで聞かせた万智は、致命傷となった花凜の傷口から繊維が発見されていることを告げる。つまり良和は最初に花凜の心臓を突いて殺した後、パジャマを脱がせて何度も刺したことになる。だが手記では、服を脱がされて泣き叫ぶ花凜を殺したことになっていた。

手記の言葉をヒントに、万智は花凜を即死させた本当の凶器と持ち去られたパジャマを見つけ出し、ヨヴァノヴィチに良和が手記に込めた思いを推測して聞かせた。

 

良和は真犯人をかばっていました。犯人をかばいたい気持ちは本物で、けれど16歳の少年にとっては殺人犯として逮捕された恐怖もあり、揺れ動く心の中で手記に真実を隠していました。

ヨヴァノヴィチさんは「さよなら妖精」に出てきた人物の兄で、事前にこちらを読んでいる人にとっては懐かしさと切なさを感じさせる短編となりました。

綱渡りの成功例

上陸した台風の影響で土砂崩れが起き、三軒の民家が被害にあった。一軒は完全に埋まり、一軒は建物の一部が土砂に削られ、一軒は外部との連絡手段を絶たれ孤立した。

孤立した住宅に住んでいるのが、ともに70歳を超える戸波夫妻だった。レスキュー隊による彼らの救出劇はテレビ中継され、無事の確認に日本中が沸いた。取材に対し夫妻は、孤立して電気も止まった中、息子家族が食べ余して置いていったコーンフレークを食べて三日間を生き延びたと話していた。食べ方が分からず箱の説明書きを見ながら作ったという話は、親子の絆という美談になってお茶の間に流れた。

ただ戸波夫妻の隣家に住んでいた高齢の夫婦は、ちょうど土砂に削り取られた部屋を寝室に使っていたため、後日遺体となって見つかった。

万智は、スーパーを経営して移動販売も行っているという戸波夫妻と顔なじみの大学時代の後輩を通し、彼らと面会した。「コーンフレークに何をかけて食べたのか」万智の質問に、夫妻の様子が一変した。彼らは胸の内に押し込んでいたものを万智に吐露した。

 

非常時なので夫妻の取った行動を非難する人はいないのでしょうが、彼らにとっては非常に重い罪の意識を感じさせる出来事だったようです。

取材を見ていた後輩から、どうして戸波夫妻が告白したがっていると分かったのかと尋ねられた万智は、運が良かった、いつも綱渡りをしていて今回はたまたま成功しただけだと答えました。万智自身の取材姿勢が垣間見える一幕でした。

 

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マスメディアのことは分かりませんが、悩みながらも最善を尽くして取材をしてくれる人が多くいればいいですね。