米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』あらすじとネタバレ感想

米澤穂信さんの「儚い羊たちの祝宴」のあらすじと感想をまとめました。

ミステリーテイストのホラーというか、ホラーテイストのミステリーというか、何とも物々しい雰囲気に包まれた一冊でした。

一つ一つの短編は独立していますが、共通して「バベルの会」という言葉が登場します。ある大学のお金持ちばかりが集まる読書サークルという以外、具体的なことは分かっていません。が、全てを読み終えると会員たちがどうなったのか想像がついてぞっとするという展開になっていました。

「儚い羊たちの祝宴」書籍概要

夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。「BOOK」データベースより

  • 儚い羊たちの祝宴(2008年11月/新潮社)
  • 儚い羊たちの祝宴(2011年7月/新潮文庫)
儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)[本/雑誌] (文庫) / 米澤穂信/著

身内に不幸がありまして

孤児院で育った夕日は、5歳の時、丹山家のお嬢様・吹子の身の回りの世話係として屋敷に引き取られた。夕日より年上の吹子は誰に対しても隙を見せない成績優秀、品行方正な人間だったが、吹子が和風の自室を洋風に変える際、内緒の書架を作って夕日と秘密を共有することになったりと、孤児だった夕日にとって丹山家での生活は悪いものではなかった。ただ吹子には困った兄がいた。跡取りにも関わらず粗野で交友関係も悪く、とうとう勘当されてしまった。

大学生になった吹子は屋敷を出て一人暮らしを始めた。夕日もついて行きたかったが許しがでず、夏休みに入って吹子が戻ってくるのを待つしかない日々だった。吹子は大学で「バベルの会」という読書サークルに入ったらしい。毎年8月1日から避暑を兼ねた「読書会」を蓼沼の別荘で行うらしく、吹子はとても楽しみにしていたが、出発の二日前に兄がライフル銃片手に屋敷に戻ってきて止めに入った運転手を射殺、祖父や父を探しまわって吹子と夕日のいる道場へとやってきた。反撃に出た夕日に右肩を刺され、吹子に手首を切り落とされて逃げていった兄を、主である祖父は内々で済ますらしく「死んだ」ことにして葬儀をだした。吹子は別荘へと行くことができなかった。

翌年の夏、別荘への参加を楽しみにしていた吹子だったが、吹子の兄が帰ってきたという言葉を残し、右手首を切られた状態で伯母が殺された。またしても吹子は別荘へと行くことができなかった。

更に翌年の夏、大叔母が殺され右手首が切り落とされた状態で発見され、葬儀のため吹子は蓼沼へ行くことは叶わなかった。夕日は戦慄した。自分は夢遊病で、寝ているうちに2人を殺したのではないかと恐れた。なぜなら夕日は、幼い頃、吹子をいじめた伯母と大叔母を憎んでいたからだ。眠るのが怖い。眠ってしまった自分が何をしているのか分からず怖い。

それから一年後の夏、夕日は誰も殺さないよう自分自身の体を縛って眠りについた。翌朝、毒を飲んで死んだ夕日が発見され、伯母と大叔母の殺害は夕日の仕業とされた。

吹子は身内に不幸があったことを伝えるため、バベルの会の会長に電話をした。

 

吹子が秘密の書棚に集めていた本は、どれも悪夢や夜に歩く者を題材としたものでした。夕日が眠るのを恐れていたように、吹子も眠りを恐れていました。蓼沼の別荘での宿泊を伴う滞在は、吹子にとって恐怖だったようです。読書会に行きたいけれど行けなくなった理由を作るため、「身内の不幸」を吹子は作り出していました。

サイコパスの発想ですね。怖いです。

北の館の罪人

亡くなる間際の母の遺言で資産家の六綱家の血を引くことを知った「あまり」は、六綱邸へ行ったものの父親は病に伏せ、腹違いの兄にあたる次男の光次と屋敷に置いてもらえるよう交渉した。あまりは北の館と呼ばれる別館で生活することが決まった。別館には長男の早太郎がいた。早太郎の世話と彼を館から出さないことがあまりの仕事になった。ほとんど軟禁状態の暮らしだったが、母と二人で苦労したことを思えば何ともなかった。あまりの働きが認められたのか、光次からあまりに対する外出の許可がでた。

そのうち早太郎からお使いを頼まれるようになった。ビネガー、画鋲、糸鋸、乳鉢…他愛もない物ばかりだったが、使用目的はあまりには分からない。そのうちあまりは、早太郎から別館が外聞を憚るような曰くのある人間を閉じ込めておく場所であり、早太郎自身が六綱の事業を継ぎたくないがためにヨット転覆事故を契機に逃げ出したはいいものの、打ちのめされて戻ってきたことを知る。事故の時にすでに死んだ者とされていた早太郎は別館に閉じ込められた。

その後もあまりは、牛の血やラピスラズリなどを早太郎に頼まれ調達した。そして頼まれたものが全て絵を描く材料だったことを知る。早太郎の部屋には、一面に青が広がった風景があった。何通りもの青色を早太郎は調合していた。描きながらだんだん体が弱っていった早太郎は、間もなく世を去った。光次と妹の詠子、あまりは早太郎の絵の前で彼の死を悼んだ。

バベルの会で得た知識でもって、詠子は早太郎が作った紫がかった青色が、時間の経過ととも青だけが褪せていき最後は赤くなることに気が付いた。兄がほどこした仕掛けを楽しもうとしみじみとする二人のそばで、あまりは笑い出したくなった。

 

自分と母を冷遇した六綱家への復讐、病に臥せっている父親の遺産の取り分を増やすため、生まれた時から与えられていた六綱の長となる道をあっさりと放棄した早太郎を、あまりは殺したいくらい憎んでいたようで、少しずつ弱らせていきました。早太郎があまりをモデルに描いた絵は、紫がかった手袋をしていました。そのうちその手も青が抜け、赤く染まることでしょう。

山荘秘聞

万年雪を残す山のそばに建てられた資産家の別荘・飛鶏館の管理を任されているのが屋島守子という女性だった。守子は完ぺきに別荘を整え、いつ客がやってきてもいいように準備を怠らなかったものの、雇われて1年が経つ今も一人の客も訪れなかった。

ある日、守子は雪の中に倒れている男を見つけ、飛鶏館に連れ帰り介抱した。男は目を覚ましたものの回復には時間がかかりそうだった。飛鶏館に男の仲間と思われる捜索隊が訪ねてきた。滑落した仲間を探しているという。彼らを別荘に招き入れ、温かい部屋やお茶でもてなしながら、この別荘を捜索の拠点にしてはどうかと提案する。彼らは守子と別荘の主人の厚意に感謝し、守子は存分にもてなしの腕を振るった。

一人では大変なので、近場から登山ガイドをしているゆき子に手伝いに来てもらった。ゆき子は捜索の方がしたかったと不満を言いつつも、彼らの滞在の手伝いをする。捜索隊はいつまでたっても男を見つけられず、時間の経過とともに諦めを見せ始める。雪の山中を一日中歩き回る彼らのために守子は温かい夕食を準備しようとし、ゆき子に地下の食料庫に保存している変わった肉を出すように頼みかけ、取りやめた。

とうとう捜索隊は男を見つけ出すのを諦め、飛鶏館を去っていった。彼らを見送ったゆき子は、守子が捜索隊を引き留めるために行方不明の男の持ち物を少しずつ山に置いて行ったり、わざと雪に足跡をつけているのを見ていたといい、地下の肉はいったい何なのかと問う。

守子を詰問するゆき子は怯えていた。人を黙らせるために最適なこと、それはレンガのようなずしりとした塊だということを守子は知っていた。

 

飛鶏館で起きる悲劇、と思いきやすごいどんでん返しが待っていました。レンガのような塊、確かに凶器になりますね。心理的な。

久しぶりのお客様で張り切ったのでしょう。陰惨な話が多いなかで唯一ほっとできるラストでした。

玉野五十鈴の誉れ

資産家の小栗家では、頂点に君臨する祖母の意見が絶対だった。娘である母も言いなり、娘婿の父の存在はほぼいないものとして扱われていた。たった一人の孫である純香は幼い頃から厳しく育てられた。15歳になった時、玉野五十鈴という少女が純香に付けられた。初対面時、純香と仲良くしてやってほしという父に五十鈴は頷く。

五十鈴は礼儀正しく仕え、読書家であり、純香にとっては友達と呼べる存在になった。五十鈴のおかげで祖母に意見を言えるようになり、純香は大学進学にともなって五十鈴と2人で小栗家を離れた。何でも卒なくこなす五十鈴だったが料理だけはいつまでも上達せず、純香は「始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」というお米の炊き方のコツを教える。

まもなく父方の親戚が強盗殺人を犯し、純香は帰宅を命じられた。父は放逐され、父の血を引く純香は小栗家にはふさわしくないと屋敷の片隅に閉じ込められた。バベルの会の活動を楽しみにしていた純香だったが部屋から出ることすら叶わない。五十鈴も離れていった。父の命令で純香に従っていたが、離婚していなくなったのだからもう純香のいう事を聞く必要はなくなったと冷たく言い放ち、屋敷内の別の仕事に就いたらしい。

祖母の命令で再婚した母に男の子が生まれた。待ち望んでいた跡継ぎに祖母の喜びようは尋常ではなく、それに比例するかの如く純香に対する扱いは酷くなり、食事すら満足に与えられなくなった。部屋に幽閉された純香の耳に、赤ん坊の弟をあやす祖母の声が聞こえてくる。お勝手の仕事に回った五十鈴は失敗ばかりで使えないと判断され、今はごみを集めて焼くだけの仕事しか与えられていないようだった。

ある日久しぶりに五十鈴がやってきた。跡継ぎができた小栗家に純香は必要ないという祖母の命令で、毒酒を持ってきたのだ。服毒を拒絶した純香の食事はますます粗末になり、やせ細りながらも純香は必死に冬を越し春が来た。夏、とうとう純香は意識を失った。三日三晩生死の境をさまよった純香が目覚めた時、枕元には母と父が揃っていた。祖母が亡くなったのだという。事故で弟が亡くなり発狂した挙句の急死だった。母はすぐさま再婚相手を叩き出し、父を家に招き入れた。

布団から起き上がれるようになった頃、弟の事故の顛末をきいた。自分で動き回れるようになった弟の好きな遊びがかくれんぼだった。遊びのつもりだったのか、その日弟が身を潜めたのが焼却炉だった。そして誰にも気づかれることなく誰かの手によって焼却炉に火がつけられた。祖母の手が及ばないよう使用人たちは母によって逃がされた。五十鈴も屋敷を出てしまっていた。

薬湯を飲みながら、純香は五十鈴に教えたお米を炊く時のコツを思い出し、微笑んだ。

 

小栗家では祖母によって、純香が生き残るには弟がいなくなるしかないという状況になっていました。お米を炊く時の要領を、五十鈴がそのまま純香の弟に応用したものと考えられます。淡々とした文体な分、ラスト一行で「五十鈴の誉れ」が何なのか分かり背筋がひんやりとしました。

儚い羊たちの晩餐

荒れ果てたサンルームの机の上に1冊のノートが残されていた。そこにはバベルの会が消滅した顛末が書き記されている。書いた人物は大寺鞠絵。実家からの送金が間に合わずバベルの会を除名され、その後も夢想家ではなく実際家(資産家令嬢たちの顔つなぎが目的)だという理由で復帰は叶わなかった。

成金で見栄っ張りの鞠絵の父が、厨娘だという夏を雇い入れた。滅多にいない特別な料理人らしく、文という少女を伴っていた。早速腕前を披露させるべく宴を計画する父に、夏はみんなの前でお手並みを披露したいという。だが「今まで仕えていた家ではそうしていた」という言葉に嫌な顔をした父は、厨房でのみ料理をするよう言いつける。出された料理はすべて極上の味わいだった。そして請求書に書かれていた食材の量もとんでもない数字だった。怒り出す母だったが、特別な料理人だからと見栄もあり父は夏を雇い続けた。だが宴を開くたびにすさまじい量の食材を購入する。だんだんと父の顔も曇りがちになった。

他の金持ちとは違ったことがしたい父が、鞠絵にたびたび意見を求めてきた。ある日、今まで誰にも命じられたことのない料理のアイデアを求められ、鞠絵は「アミルスタン羊」を挙げた。その羊を入手するには三年が必要だという夏に、鞠絵は蓼沼で簡単に手に入るとアドバイスし、夏は羊を狩るため旅立った。屋敷に残った文と話をした鞠絵は、厨娘がどういうものか聞いた。

厨娘が料理をする時、大量の食材を買い求めその中から極上のひとつだけを選んで残りは捨ててしまうのだ。その様子を宴の参加者たちの前で披露することで、無駄遣いができるという贅沢さも併せて提供していた。

夏はどれか一匹の羊を選んで持ち帰ってくると考えていた鞠絵は、その場にいる羊が根こそぎ狩られることを知ってしまった。

 

蓼沼は、バベルの会が毎年8月1日に避暑を兼ねた合宿を行う場所です。自分を拒絶したバベルの会への意趣返しに1人くらい犠牲になるだろうと考えていた鞠絵ですが、実際は全滅したと思われます。犠牲者が出ることを薄々感づいていながら「アルミスタン羊」を提案した鞠絵も恐ろしいですが、平然と羊狩りに出かけた夏も怖いです。

 

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ラスト一行の衝撃にこだわった短編集とのことで、とても効果的に響きました。

時代がかった舞台設定も効果をより増してくれます。心証としてはホラー>ミステリーです。