米澤穂信『Iの悲劇』あらすじとネタバレ感想

米澤穂信さんの「Iの悲劇」のあらすじと感想をまとめました。

住民たちが去り無人になり荒れ放題の蓑石地区に移住者を募り、村を再び活気づかせようという市の一大事業の初めから終わりまでをまとめた短編集となっています。やる気のない課長、右も左も分からない新人、何かと相談(要求)してくる移住者たちに囲まれ孤軍奮闘する万願寺の話です。

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「Iの悲劇」書籍概要

一度死んだ村に、人を呼び戻す。それが「甦り課」の使命だ。人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香。出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和。とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣。日々舞い込んでくる移住者たちのトラブルを、最終的に解決するのはいつも―。徐々に明らかになる、限界集落の「現実」!そして静かに待ち受ける「衝撃」。これこそ、本当に読みたかった連作短篇集だ。「BOOK」データベースより

  • Iの悲劇(2019年9月/文藝春秋)

第1章 軽い雨

9年前に4つの自治体が合併してできた南はかま市の出張所の一つが間野出張所であり、万願寺の仕事場である「甦り課」がある。職員は3人、課長の西野と新人の観山由香、万願寺とで南はかま市Iターン支援推進プロジェクト……6年前に無人になった蓑石地区に移住希望者を募り生活全般をサポートして蓑石を復活させようという事業に携わっている。広報課によって選ばれた移住希望者12世帯のうち今回2世帯が蓑石で生活をすることになった。

久野夫妻と小さな子供がいる安久津家は30mほど離れた近所で生活を始めた。万願寺と由香が様子伺いに蓑石へ行くと、久野は趣味のラジコンヘリを飛ばして楽しんでいた。かなり本格的でプロペラ音も大きい。久野が借りた家には農具小屋があり、鍬や鋤、石うす、籾摺機といったものがあり籾殻も多く積みあがっている。自給自足で米を作りたいという久野のため、農具の使用について大家に確認することになった。安久津家は留守だった。

順調だと思っていた移住生活だが、久野から万願寺に苦情の電話が入った。夕方になると安久津たちが家の庭で大音量の音楽を流しながらバーベキューを始めるというのだ。火の始末もろくにしないという。珍しくやる気を出した西野課長とともに万願寺、由香は蓑石へと行く。のびのびとバーベキューができる環境で子どもの教育にもいいと安久津たちは移住を喜んでおり、課長も彼らの言い分を聞き納得して帰っていってしまった。その後久野と由香は何度も電話でやりとりをしていたが、ある日久野から食事に招待された。そば打ちを始めたが食べてくれる人がいないのだという。久野の奥さんの手料理とともに2人は蕎麦をごちそうになった。

食後は奥さんの趣味だと言うヴァイオリンのCDを流して寛ぐ。安久津家から聞こえてくる音楽に眉を顰め、久野はCDの音量を上げると食事の片づけを始め台所へと姿を消す。大音量のなか由香と奥さんは談笑していた。そのうち由香が火事に気が付いた。視線の先、安久津家から火が出ていた。2階のカーテンを燃やしただけで火が消えたが、バーベキューコンロから火の粉が上がり燃え移ったものと思われる。安久津家は夜逃げ同然に蓑石から消えた。万願寺は久野に食事に招待された日にタイミング良く火事に出くわしたことから、久野の放火を疑ったが暗い夜道を往復する時間はなかった。

久野夫妻が移住して1ヶ月が過ぎ、転居後の面接をする日が来た。万願寺と由香が面接をするつもりが、突然課長が自分がやるといいだす。そこで課長は面接へとやってきた久野に安久津家の火事の真相について話す。その結果、久野夫妻も蓑石から出ていった。

 

2世帯が移住し2世帯ともが蓑石地区から去っていってしまいました。

第2章 浅い池

市長の肝いりで始まった南はかま市Iターン支援推進プロジェクトは無事に開村式を迎え10世帯が移住してきた。その様子がニュースで流れたことにより、家の貸し出しを渋っていた大家の一人の態度が軟化し、万願寺は改めて説明と賃貸契約を結ぶため県外出張の電車に揺られていた。

そんな時、移住者の一人、20代の男性で蓑石を盛り上げると血気盛んな牧野について新人の由香から電話が掛かってきた。休耕田に水を張り養鯉施設を作ろうとしていたところ、鯉が盗まれたという内容だった。牧野はすぐに来てほしいと言っているが課長は電話に出ず由香は資料作りに忙殺されて行けそうもない。万願寺が牧野に電話をかけると、水田に放した鯉のうち4割がいなくなっているらしい。牧野は盗難防止のため水田の周囲、鯉が逃げないよう底にもネットを張り廻らせ鍵までかけている。ネットに穴などは開いていない。対策は万全だという。出張から帰り次第家へ行くと約束した万願寺のもとに、翌朝牧野から電話がかかってくる。鯉が一匹もいなくなったという連絡だった。

出張先での仕事をすませ戻ってきた万願寺は、由香とともに牧野の家へと向かう。なぜ、どのように鯉が消えてしまったのか、その疑問は牧野の水田養鯉場へ近づいた時に分かった。養鯉計画があっさりと頓挫した牧野は退去手続きをし蓑石から去って行った。

 

自然相手の場所で人間対策(泥棒対策)しかしていなかった牧野の自滅という形でした。

第3章 重い本

アマチュアながら本も出している歴史研究家の久保寺の家は、大量の本が持ち込まれ壁の四方に高く積まれていた。戦争中に一人だけ避難準備をしていたため周囲からつまはじきにされていた人物が住んでいた家で、そのせいもあってか、最低限の補修は行ったもののだいぶ老朽化が進んでいるらしく雨漏りや床の沈み込みなどが気になるという。だが久保寺は近所に住む子ども・5歳の立石速人くんからは本の小父さんと呼ばれて懐かれていることを嬉しがっており、速人のために絵本も用意し、子どもが入ってもいい部屋も用意していた。移住者たちの交流も始まったことを万願寺は喜んだ。

速人の母親から息子が行方不明になったと連絡が入った。久保寺の家へ遊びに行って昼に戻る予定がまだ戻っていないという。立石家は警察への通報を希望していないため、万願寺と由香も協力して速人の行方を探すことになった。久保寺家のそばには崖と川がある。嫌な予感を覚えた万願寺が見に行くが、緩やかな斜面でソリ遊びができそうなくらいの傾斜で、速人の姿が見えなかった。また久保寺は留守にしており、電話をかけてみると仕事の打ち合わせで名古屋におり家は戸締りをして鍵も自分が持っているという。久保寺家、立石家の近所に住み、日中は外の風景を写生している住人も、速人の姿は見なかったと証言した。

万願寺は久保寺の住む場所が戦争中に避難準備をしていた住人の家だというのが気になり、その情報を久保寺に教えた課長に電話をかけ、避難準備というのが防空壕を掘ったことだと知る。防空壕は家の中と外が通じており、速人は久保寺の家周囲を探検している最中に防空壕の出入口を見つけたのではないかと万願寺は考えた。崖の法面に防空壕の入り口を見つけた万願寺は由香をともなって中に入る。奥の空間で重みで家の床が抜け大量の本の下敷きになっている速人を見つけた。すぐに119番したが、蓑石という場所柄救急車が到着し速人を運び出すのに1時間以上かかった。

速人の命に別状はなかったものの、両親は病院に着くまでに2時間以上かかる土地で子どもを育てるのは恐ろしくてできないと言い引っ越していった。調査の結果、本の重みで自然に床が抜け落ちたのではないと分かったものの、責任を感じた久保寺もひっそりと蓑石を去った。

 

これで10世帯中、3世帯が村を去って行きました。

第4章 黒い網

車の排気ガスや電波が健康に悪いとしょっちゅう苦情を言ってくる移住者がいる。河崎由美子だ。彼女の希望で移住してきたため夫は通勤に時間がかかり不便な思いをしている。また近所に住むアマチュア無線が趣味という上谷も、庭に建てたアンテナについて由美子から抗議を受けているという。病気を患い療養中の独身男性・滝山もまた由美子から夫がいない時に食事に招かれると困っていた。お裾分けだと押し付けられた焼き魚は炭のように焦げて食べられたものではないのに、人の厚意を無碍にするのは非常識だと責められるという。健康に気を使っているのにコゲに発癌性があるのを知らなかった由美子は、由香からその話を聞いてきょとんとしていた。

移住者の一人・長塚の提案で秋祭りが開催され万願寺と由香も招かれた。予想に反して参加者は多く、いくつかのグループに分かれて七輪を囲む。今回は蒸し野菜をやるらしい。地元に里山があったという上谷が採ってきたキノコが配られる。由香の座ったグループには河崎夫妻、上谷、滝山がいた。万願寺が挨拶がてら向かうと滝山が七輪の上でソーセージやキャベツ、キノコなどを焼き、由美子の夫が蒸し野菜を担当している。大勢の前では大人しいと言う由美子も問題を起こさず秋祭りに参加していた。

それぞれが秋祭りを楽しんでいた時、由美子の様子がおかしくなった。頭とお腹が痛いといい見るからにぐったりとし、今にも意識を失いそうだ。由美子が嫌がるのを無視し万願寺が救急車を呼んだ。病院での治療を受け由美子は回復した。原因はキノコだった。毒キノコが混ざっていたらしい。上谷が夜逃げした。上谷が腹いせに由美子に毒キノコを食べさせたのかと疑った万願寺と由香だったが、由美子は人から勧められ渡されたものは口にしない。どうやって彼女に毒キノコを食べさせたのか不明だった。また山盛りに採ってきたキノコのうち、毒キノコは由美子が食べたものだけだった。他のテーブルでは七輪の網から直接食べ物を取っていたが、由美子たちの所だけ一旦大皿に盛ってから各自で取って食べていた。それが気になるものの何を意味しているのか万願寺には分からなかった。

数日後、報告書を読んだ課長が由美子の夫・河崎を呼ぶよう言う。河崎との面談で、課長はどうやって犯人が由美子だけに毒キノコを食べさせたのか説明を始めた。真相が明らかになり、河崎夫妻も蓑石から出ていった。

 

上谷は、絶対に混じることのない毒キノコが紛れ込んでいたことに恐怖を覚え村を出ていったようです。10世帯中5世帯が蓑石から消えました。

第5章 深い沼

相次ぐトラブルで移住者が蓑石を去って行ったため、課長とともに万願寺は市長に呼ばれ説明を求められた。叱責を覚悟していたものの甦り課は責任を問われることすらなかった。市役所にきたついでに万願寺は土木課へ向かう。これから冬がくる。雪深い蓑石地区での除雪計画について話をするつもりだったが、担当者は予算的に難しく暖冬を願うしかないと言う。

打ち合わせの雑談中、万願寺は課長の西野が切れ者だという話を耳にする。定時で帰宅することを信条とし、休憩と称してしょっちゅう喫煙室に籠って席を空け、甦り課の仕事にもやる気を見せない課長とのギャップに万願寺は驚いた。西野は火消し役として名を馳せているらしい。思えば安久津家の火事や毒キノコ事件など、最終的には課長が事を収めていたことを万願寺は思い出した。

 

幕間的な短編でした。

第6章 白い仏

若田夫妻が住んでいる家で円空仏が見つかったという。元の持ち主は偽物か本物かは分からないといい仏像を残して家を空けた。長塚は円空仏は本物でそれを足掛かりに蓑石を円空の里としたいという腹案を持っているが、肝心の若田夫妻が円空仏を誰にも見せたがらない。若田夫妻に円空仏を見せ借りたいと言う人には貸し出すよう説得してほしいと長塚から強い口調で要望を受けた。

課長に相談し、万願寺と由香は若田夫妻と話をすることになった。夫の若田は仏像の公開を頑なに拒否した。妻の公子は、夫の周囲で次々と不幸が降りかかった結果夫が占いに傾倒するようになり、都会から引っ越すように勧めた占い師の言葉を信じて蓑石に移住してきたことを話すと、住み始めた家から仏像が見つかったことに夫が運命を感じてしまっているのでそっとしてやってほしいと言った。円空仏の件は棚上げになった。

若田夫妻が円空仏を元々あった場所に戻して祀りたいので、元の場所を探すため貸主の家に残っている日記を調べるつもりらしい。だが日記は膨大な量にのぼるうえ達筆なせいで一人でこなせそうにないといい、万願寺と由香が手伝いに駆り出されることになった。休日の土曜日、由香は昔アルバイトをしていたという魚新の移動販売車に乗せて貰って若田家へ行くと言うので、万願寺は一人公用車で向かった。万願寺と若田が大部屋、由香が離れと別れて日記を読み始める。途中、由香の近所で火事があったらしく、仕事中だと渋る由香を急かして公用車で自宅に向かわせ、万願寺が離れに移った。由香はすぐに戻ってくると言い荷物を置いたまま出発していった。離れには円空仏がいる厨子があるが開けてはいけないと言われる。

ストーブで暖まりながら1時間半あまり日記を読み続けた万願寺は、一休みをいれるため部屋のドアを開けようとしたが開かなかった。大声を出す万願寺の声が聞こえたのか大部屋から若田もやってくるが、ドアの向こうからも開かないらしい。ドア以外には顔の位置にある小窓くらいしかないが、顔を出すのが精いっぱいで通り抜けられない。だんだんと頭がぼんやりとしていく中、窓の外から由香の声がした。何とか窓の鍵を開けアルミ製の窓枠を引いた瞬間、離れから何かが出ていった気配を万願寺は感じた。とたんにドアも開く。離れに飛び込んできた若田は、観音開きの厨子を開け驚愕した。円空仏が収まっていた所には偽物の白い仏像がいる。誰かがすり替えたのだ。

若田は家を飛び出して長塚の家へと怒鳴り込む。若田も長塚もヒートアップしてお互いを罵り合い手を付けられない状態になった頃、若田が長塚家へ上がり込んだ。追いかけた万願寺は、床の間に飾ってある仏像を見つけた。若田夫妻が管理している円空仏だった。

課長に呼び出された長塚は、自分こそが円空仏を有効活用できると力説したが通じなかった。若田夫妻は万願寺が見舞われた怪異に恐れをなし蓑石から出ていった。長塚もまた「話し合い」の末、蓑石をあとにする。

 

万願寺が離れに閉じ込められたのは怪異ではなく、人為的に引き起こされたものだったことが終章で判明します。10世帯中7世帯が姿を消しました。

終章 Iの喜劇

蓑石に最後まで残っていた移住者・丸山も転居手続きを済ませ、蓑石地区は再び無人になった。課長の西野、由香、万願寺は蓑石にやってきていた。蓑石地区が一望できる場所で、万願寺はこれまでに起こった騒動によって移住者らが次々に蓑石を去って行ったことは、偶然ではなく何者かが裏で糸を引いていたと話し始める。

 

市を挙げてのIターン事業(失敗)に決着をつけるため、万願寺は振り回された格好になってしまいました。一連の事件の全貌を知るとまさに喜劇でした。

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一つ一つの短編は悲劇的な内容なのですが、全部読み終わって全貌が分かると喜劇的な事柄だったと分かり、二度おいしい本でした。