米澤穂信「古典部」シリーズ第6弾『いまさら翼といわれても』あらすじとほんのりネタバレ感想

古典部シリーズ「いまさら翼といわれても」のあらすじと感想をまとめました。今回は短編集です。これだけでも大丈夫といえば大丈夫なのですが、今まで発行された5冊を先に読んだ方が、この短編の登場人物たちの心情がより深く分かって面白いと思います。

「いまさら翼といわれても」書籍概要

古典部シリーズ第6弾。「箱の中の欠落」「鏡には映らない」「連峰は晴れているか」「わたしたちの伝説の一冊」「長い休日」「いまさら翼といわれても」の6編で構成されている。

  • いまさら翼といわれても(2016年11月/角川書店)
  • いまさら翼といわれても(2019年6月/角川文庫)

箱の中の欠落

夜、里志から困ったことがあると呼び出された奉太郎は、学校で行ったばかりの選挙に不正があったことを相談された。開票してみると生徒の人数よりも40票ほど多い投票があったのだという。再選挙をするとしても不正が行われたシステムの穴を塞いでおかないと意味がない。選挙システムについては奉太郎にも里志にも無関係だが、不正の濡れ衣を着せられた選挙管理委員の1年生のために、2人は選挙の手順を詳細に検討していった。

 

1クラス43~44人とのことなので、おおよそ1クラス分の票の水増しが行われた計算になっています。かなり厳格で不正の余地がなさそうな選挙システムでしたが、意外なところに落とし穴があることが分かりました。

鏡には映らない

鏑矢中学では毎年3年生による卒業制作を行っていた。摩耶花たちの年は大きな鏡のフレームを作ることだった。絵画コンクールでも賞を取っている鷹栖亜美がデザインをし、それぞれのクラスで分担して木製の飾り枠に彫刻を施す。葡萄のツルが鏡の周辺を取り巻き、ところどころに葉が茂り実がなり、テントウムシや蝶、鳥などが飛んでいるというデザインだった。担当する場所によって大変さが異なるがそれぞれが作業を行い完成が近いという頃、奉太郎の班がとんでもないものを提出してきた。カーブを描くツルを担当していたのに手抜きも甚だしい横一直線のツルで、完成したレリーフをみた鷹栖はひどいと泣きだし、奉太郎は学年中から総スカンを食らった。高校に進学し、古典部で奉太郎と交流するうち、彼は他人に迷惑をかけるような面倒くさがりではないと知った摩耶花は、なぜあの時奉太郎があんな真似をしたのか調べることにした。

 

摩耶花視点の短編です。本人に尋ねても里志に尋ねてもはぐらかされたため、自分の足で調べ始め鳥羽麻美という人物に行きつきます。彼女から奉太郎はヒーローで卒業制作は解けた呪いだと謎の言葉を残され、母校の中学に乗り込んでいくのでした。行動力が凄いですね。

奉太郎の行動理由が分かった後は、印象がガラリと変わる短編でした。

連峰は晴れているか

ヘリコプターの音を聞いて奉太郎はふと思い出した。そういえば中学の英語教師・小木がヘリコプターを好きだと言っていたな、と。だが同じ中学出身の里志と摩耶花はきょとんとする。どちらかというと、小木は3回雷に打たれたことで有名だったからだ。その話を聞いた奉太郎は、図書館で過去の新聞記事を探し始める。千反田えるの協力で見つけた記事で、奉太郎は小木が山岳会のメンバーで山登りをする人間だということ、彼がヘリコプターが好きだと言った日、別の山岳会のメンバーが遭難していたことを知った。

 

中学時代の教師の裏の顔を知る話でした。ヘリコプターが好きだというのは、その場を胡麻化すためのセリフだったことが分かるという短い短編です。奉太郎は自ら行動を起こして調べ物をした理由をえるに語るのですが、彼の人の良さが現われていました。

わたしたちの伝説の一冊

摩耶花の所属する漫研は真っ二つに分かれていた。<自分でも漫画を描いてみたい派>と<読んで楽しみたい派>だ。自分でも漫画を描くけれど読みたい派のリーダー的存在で部長だった3年の河内亜也子が早々に退部してからは、露骨に対立するようになってしまった。摩耶花は書きたい派の浅沼から同人誌発行のための漫画執筆の打診を受ける。こっそりと実績を作って読みたい派に対して有利に事を運ぼうという魂胆だった。だが浅沼の計画はあっさりとバレ、読みたい派の新部長から逆襲される。本を作る予算をあげるから無事に発行できればそれで良し、発行できなければ予算の無駄遣いの責任を取って書きたい派は全員退部というものだった。執筆をするかどうかの返事を保留にしたまま漫画の構想を考えていた摩耶花は、そのノートを何者かによって奪われてしまう。その件で責任を感じていた里志からの、少し待っていれば向こうから接触してくるという言葉を受け入れいつもどおりに過ごしていた。すると新部長が、話があると摩耶花に声をかけてきた。

 

摩耶花視点で「クドリャフカの順番」から続く一連の問題に決着がつく短編となっています。日常のミステリーというよりも、高校生同士のいざこざとか派閥争いがメインの話でした。いじめ問題とまではいかないですが、熾烈な勢力争いでした。同人誌発行を立案した浅沼さんが少し可哀そうかなとも思っていましたが、彼女のなかなか良い性格の持ち主でした。

長い休日

ある休日、奉太郎は朝からとても調子が良かった。晴れた日にどこかへ行かなければもったいないと思うほどに。文庫本を手に外へ出た奉太郎は荒楠神社までやってきた。そこは十文字かほの家で、彼女の招きで社務所へ入った奉太郎は、えるがいることに驚く。彼女は祠の掃除にやってきたらしく、奉太郎もそれを手伝うことになった。ここでも調子が良かった奉太郎は、えるに促されるように「やらなくてもいいことなら、やらない」と言うようになったきっかけを話しはじめた。それは奉太郎が小学生の頃、校内環境係という名の花壇の水やり当番になった時のことだった。

 

なぜ奉太郎が省エネ主義になったのかが分かるエピソードです。人からの頼まれごとを文句を言うこともなくすんなり引き受けていた奉太郎少年が、そういう自分の性格が他人からいいように利用されていたと気づく話でした。何でもない日常が描かれているのですが、どこにでもありそうな話で身につまされます。

奉太郎が省エネ主義という長い休日を終わらせる話です。

いまさら翼といわれても

夏休みの初日、奉太郎の所に珍しく摩耶花から電話が掛かってきた。市の合唱祭に出場するえるが姿を消したのだ。会場まで一緒のバスで来ていたというおばあさんがいるので、文化会館には一度来ている筈なのだという。気になった奉太郎は文化会館へと向かった。合流した摩耶花や目撃者のおばあさん、学校でえるを探したという里志の協力を得ながら奉太郎はえるの行方を推測していく。えるが歌うソロパートの歌詞などから推理するうちに事情を察した奉太郎は、ようやくえるの居場所を突き止め迎えに行った。

 

休日を終えた奉太郎はかなりアクティブです。今までの本からえるの背景を知っている人であれば、この短編のタイトルだけでピンとくる結末だと思います。綺麗な言葉なのに、とても残酷に響く言葉です。える側の詳しい事情が一切明らかにされていない分、強く余韻が残る話でした。

 

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この話で本の最後を締めくくるのは、読者にとってはかなりの生殺し状態です。