米澤穂信『追想五断章』あらすじとネタバレ感想

米澤穂信さんの「追想五断章」のあらすじと感想をまとめました。

物語は5つのリドルストーリー(作中で明確な答えを出さず、読者に結末をゆだねる話)を探すことで、自然と過去の事件の真相に迫っていくという流れなのですが、この本自体もリドルストーリーとなっていて結末は読んだ私たちに任せられています。

白黒はっきりさせたい人にとっては、少しもやもやが残る一冊かなと思います。

「追想五断章」書籍概要

大学を休学し、伯父の古書店に居候する菅生芳光は、ある女性から、死んだ父親が書いた五つの「結末のない物語」を探して欲しい、という依頼を受ける。調査を進めるうちに、故人が20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」の容疑者だったことがわかり―。五つの物語に秘められた真実とは?青春去りし後の人間の光と陰を描き出す、米澤穂信の新境地。精緻きわまる大人の本格ミステリ。「BOOK」データベースより

  • 追想五断章(2009年8月/集英社)
  • 追想五断章(2012年4月/集英社文庫)

 

あらすじ

古書店を営む伯父の家に居候しながら留守番兼レジ打ちのバイトをしていた菅生芳光は、ある本を探し求めて訪ねてきた可南子から、がんで亡くなった父親が書いた5つの短編を探すという依頼を伯父に内緒で引き受けた。破格の報酬に惹かれてのことだった。

父親のペンネームは「叶黒白」。5つの短編はどれもリドルストーリーになっていて、ラストの1行だけを可南子は父親の遺品の中から見つけていた。1作品は、芳光の伯父がある家から引き取ってきた蔵書の中の文集に収められていた。

タイトルは「奇蹟の娘」、主人公がルーマニアのある街で出会った女性が、ずっと眠り続ける自分の娘を奇蹟だと呼んでいた。眠っているおかげで醜いものや災いを何一つ知らずにいられるのだと。その日の晩、女性の家が火事になった。茫然と主人公が見守る中、顔見知りになった男が話しかけてきた。もうすぐ分かる、命惜しさに娘が逃げてくるはずだと。男は娘は眠ったふりをしているのだと考えていた。私はますます勢いを増す火を眺め続けていた。

可南子から、父親が残していたという「奇蹟の娘」のラストが郵送されてきた。『明け方に見つかった焼死体。それが哀れな女の末路であった』

「奇蹟の娘」が掲載されていた文集からたどっていった結果、2つ目を図書館で見つけた。その途中、芳光は可南子の父親・北里参吾が「アントワープの銃声」事件に関わっていたことを知る。図書館で見つけた雑誌に載っていた短編のタイトルは「転生の地」。

インドのある街で公開裁判が行われようとしていた。その街では不思議な死生観をもっており、人が人を殺した場合は必ず死刑となる。だが魂が転生するためには人の体が必要なため、死体を傷つけることが最も罪深いとされていた。つまり人を殺せば加害者が死刑になるだけで済むが、人を殺した後に遺体を傷つけた場合は加害者の家族も一緒に死刑になる。裁判は被害者が刺されてから谷底に落ちて死んだのか、落ちて死んでからナイフで刺されたのかを争っていた。加害者の妻が幼い娘を抱きかかえ叫んでいた。裁判の行方次第で妻子も死刑になるためだろうと主人公は考えた。裁判である男が目撃証言を行った。言葉は分からなかったが、次の瞬間周囲が狂気に包まれた。判決が出たのだ。曲刀を持った執行官が前に出てきた。

可南子にコピーを送ったところ、「転生の地」のラストが送られてきた。『そして幼な子までが命を奪われる。私はただ、瞑目するしかなかった』

3つ目の短編は、可南子の父親の大学時代の友人宅で見つかった。俳句集の中に収録されていた。タイトルは「小碑伝来」。

中国のある地に言い伝えがあった。威風堂々としたある男の話で、武勲により城を賜っていた。ある日反乱が起き、男の城は取り囲まれた。人数的に圧倒的に不利な状態だったが男は慌てず千の兵を持って夜襲をかけた。だが10万の兵を前に皆殺しに遭った。降伏を求める反乱軍に対し、男は100人の精鋭を伴って城を抜け出した。だがすぐさま見つかり100人は皆殺し、男は捕まり縄を打たれて城に戻された。反乱軍の長は男に選択肢を与えた。男の屋敷に妻を閉じ込めている。2人きりにするので、男が自ら刀で果てるか屋敷に火を付けるか選べと。火を付ければ妻は焼け死ぬが男の命は助けるという。言い伝えの結末を聞きたがる主人公に対し、語り部は酒宴を所望し、その席で最後を語った。

可南子から渡されたコピーにはこう書かれていた。『どうやら一刀の下に、男の首は落とされたものらしかった』

手掛かりが潰え、4つ目はてこずった。「アントワープの銃声」事件を調べた芳光は、北里参吾の大学時代の友人のところを再訪し、事件について詳しく聞いた。資産家の息子であった参吾と新劇の女優をしていた斗満子の結婚はあまり祝福されなかった。斗満子の評判があまり良くなかったためだ。周囲の雑音から遠ざかるように、2人はスイスで新婚生活を始めた。その後生まれたのが可南子だった。数年後、家族でベルギーに旅行中、事件が起きた。

アントワープのホテルで斗満子が首を吊って自殺したのだ。だがその部屋から銃声が聞こえたという証言が出てくると、参吾は警察に事情を聞かれることになった。発砲して斗満子の腕をかすめていた銃の持ち主が参吾だったからだ。結局逮捕はされなかったものの、ベルギーで起きた自殺騒動は、真犯人の参吾が妻を殺した「アントワープの銃声」事件として日本のマスメディアを賑わした。いわれのない叩かれ方をした参吾は、娘を伴って帰国後、長野県に引っ込んだ。

4つ目は、最初に「アントワープの銃声」と名付けた記者の元に参吾によって送り付けられ、記者の出版したショートショート集の中に収められていた。タイトルは「暗い隧道」。

ボリビアのとあるトンネルは、いくつか折れ曲がっていて中が真っ暗だった。そのうえ昔革命軍が逃亡する際にこのトンネルを使い、中にたっぷりの罠をしかけているため入った者は生きて出られないと言われていた。だから通常は車を使って峠道を通る。だがある男が必要な金を時間までに手に入れるため、妻と娘にトンネルを通って届けるよう命じた。妻子が通り抜けた様子はなく、村から捜索隊が出された。主人公は元警察官だという男から話を聞いた。金を用立てようとしている男は、元革命軍のスパイだった人間だと。男は罠がないと知っていて妻子を通らせたのではなく、身軽になって金を持って逃げるため妻子にトンネルを通らせたのではないかと疑っていた。一人の勇敢な男が電灯を手にトンネル内に入っていった。しばらくして叫び声が聞こえてきた。主人公たちは重苦しい沈黙のなか彼が戻ってくるのを待った。

可南子から聞いたラストは『決まりの悪い作り笑顔で、暗がりから女の子が現れた』だった。

芳光は可南子に会うため松本へ行き、今まで調べたことなどを話し、5つの短編は「アントワープの銃声」事件に対する参吾の心情を綴ったものではないかと推測する。そして短編探しは4つ目で終了したいと伝える。休学中の大学への復学を諦め、母親が一人暮らしをしている実家へと戻ることに決めたのだ。

最後に参吾が残したと言う実際の原稿を見せてもらうと、本文は万年筆だがタイトルはゲルインクのボールペンで書かれているのに芳光は気づく。東京へと戻るため松本駅へと向かった芳光は、電車に乗る直前、「アントワープの銃声」事件の真相に気が付いた。

 

まとめ

参吾氏の残した5つのリドルストーリーは、「アントワープの銃声」事件の報道に対するアンサーになっていました。

リドルストーリーが質問、別に残されていたラスト1行が回答(事件の真相)という具合です。ただリドルストーリーとラストをそのまま結びつけるのではなく、参吾氏なりの気遣いが感じられる残し方をされており、芳光はそこに行きついてしまいました。

「叶黒白」というペンネームは、叶うならば白黒つけたいという思いが込められているようです。汚名をそそぐ機会を持たないまま表舞台から退場せざるを得なかった者の心の叫び、みたいなものは「氷菓」を彷彿させられました。

 

□□

「アントワープの銃声」事件の真相はだいたい分かりましたが、その真の決着についてはあいまいなまま終わったので(リドルストーリーだったので)もやもやします。

本編にもラスト一行をつけてすっきりさせてほしいです。